2009年1月23日

輝ける碧き空の下で


 
最近の自動車産業での厳しい雇用状況は、ブラジルなど南米から「デカセギ」としてやってきている日系ブラジル人たちの職をも奪っています。あまりニュースになっていませんでしたが、昨年2008年は日本からのブラジル移民100周年でした。
 
第一回日本移民791名を乗せた笠戸丸がブラジルに着いたのが、明治41年のこと。しかし移民といっても、ほとんどの人達は、ブラジルを永住する場所とは考えていませんでした。金のなる木コーヒー農家で何年か働くことでまとまったお金を稼ぎ、いずれは日本に帰り、錦を飾ることを考えていました。
 
しかし、奴隷扱いのような過酷な労働、マラリア、さらに稼げるお金も日本で聞いた金額からはほど遠く、彼らの生活は予想以上に厳しいものだったようです。
 
ノートに書いたのは、日本人移民が土地を得て、初めて大規模な農園を開拓を始めようとしている喜びに満ちた場面。しかし、その後、この農園はマラリアで多くの人が命を落とし、さらに大量のバッタの来襲、霜の被害で農作物を失い、最後にはスペイン風邪で立ち上げのリーダーは命を落としてしまいます。
 
厳しいなか、移民として生きてきた日本人の姿を描いているこの小説は、旅に生きることの意味を私たちに教えてくれます。
 
コーヒー好きには、もうひとつ。コーヒー豆がこんな風に作られているんだということ、それを少しだけ知ることができます。たくさんの人達の思いと苦労があって、美味しいコーヒーを飲むことができるんです。コーヒーを飲むときに、コーヒー農園の碧い空と収穫する人々の苦労を想像してみてください。