2009年11月18日

モーテル・クロニクルズ


 
自分自身の古い記憶をたどっていく行為は、ひとり旅の時によくしてしまうことのひとつ。
 
例えば、夜の東北道をひとり車で移動中。安っぽいドライブインで簡単に夕食を済ませ、空いている高速道路を走っている。ずっと流していた音楽が途切れ、なんとなく聴くことに疲れたので、そのまま無音の状態で走り続けることにする。
 
車のエンジン音を聞きながら、高速道路の両脇に光るオレンジ色の道路灯が連続して流れていくのを眺める。そんな時、ふと頭に浮かんでくるのは過去の古い記憶だったりします。少年時代の記憶、学校からの通学路の風景、大切なオモチャをなくしてしまったこと、友達と喧嘩してしまった時のくだらない理由、さらに記憶は、思春期から学生時代、仕事を始めた時へと断片的に繋がっていく。もう何年も会っていない友人との会話、傷付けてしまった言葉や傷付けられた言葉、あいまいな夢や小さな絶望...。
 
「モーテル・クロニクルズ」は、アメリカの俳優兼劇作家であるサム・シェパードによる自叙伝のような散文と詩によって編まれている本。
 
僕が最も好きな映画のひとつ「パリ・テキサス」は、ヴィム・ヴェンダース監督がこの本を読んで映画の着想を得て、サム・シェパードに脚本を依頼することから生まれました。
 
無造作にばらまかれた記憶の断片のような文章は、まるでロードムービーのワンシーンのような映像を読者の頭の中に浮かび上がらせてくれます。
 
モーテルの一室で知らず眠ってしまった時の夢。初めて学校を抜け出し、有刺鉄線を飛び越えて未知の世界へ向かったこと。女性を殺しに行くためバイクを走らせるという映画のシーンを撮影時のこと。少年時代の夢遊病だったときの記憶。
 
さまざまなシーンが描かれた文章の末尾に記された日付と場所が、まるでノートの走り書きされた日記のようなリアリティーを与えています。まるで著者がひとり旅をしているときの心の動きを覗き込んだようなストーリーにあふれた本です。
 
遠い記憶を呼び起こし、その時の自分の未熟で純粋な心の動きを思い出す。そして、その意味をもう一度かみしめてみる。一人で自分自身に向き合う時間を持つことは、忙しい毎日の中では、忘れてしまうことです。ひとり旅は、そんな時間を作るのに最適な方法であることは間違いありません。