「津軽」
津軽出身のアーティストとして思い出すのは、太宰治、寺山修二、奈良美智。それぞれタイプは違いますが、彼らの作品から共通して受ける印象は、繊細で傷付きやすいのに反抗的で攻撃的なこと。虚勢をはったり、真っ正直だったりしながら、無防備に世の中の常識と戦い、身を削って革新的な素晴らしい作品を生み出している。ぼくは音楽や映画でも、そんな風に触ると壊れてしまいそうな儚さと力強い意思を感じるような作品に惹かれます。
津軽を旅してみようと思ったのは、彼らが生まれた土地でその面影を見つけてみたいと思ったことが一番の理由です。まあ、一人旅にはうってつけの旅の目的かもしれません。
単線のローカル線、津軽鉄道で津軽半島を奥に進んで訪ねた金木。戦前の大地主の豪邸であった太宰の生家「斜陽館」、そして戦時中に家族で疎開していた「津島家新座敷」。今まで小説を読みながら想像していた世界を生で見るのはなかなか感慨深いことでした。ちょうど戦時中の太宰は、人間失格や斜陽の暗いトーンとは違った、ユーモアがあり明るく、同時に切ない素晴らしい作品を書いていた時期。新座敷で太宰が小説を書いていたという質素な机に座っていると、この場所で繰り広げられていたであろう慎ましやかだけど穏やかな生活を想像し、なんだか報われたようで嬉しくなりました。
弘前に戻ると、城下町に昔から残る豪奢な造りの建物を眺めたり、古き良き喫茶店でコーヒーを飲みながら、太宰がここで暮らした時代を想像しました。さらに、奈良美智氏によって作られた、レンガの倉庫の前で少し寂しげにしっぽを立てて佇む犬の像を眺めていると、この街が醸し出す城下町特有のセンスの良さと、自由と伝統が入り交じった複雑さのようなものを少しだけ実感できました。それは、きっと来る途中に電車で読んできた太宰治の「津軽」の影響があるのかもしれませんが、いっそその影響に身を委ねながら街を眺めてみるのもまた、旅人に許された楽しみ方なのかもしれません。