ACE HOTEL
近年注目されているACE HOTELの創業者、アレックス・カルダーウッド氏がトラベラーズファクトリーにやってきたのは、今からちょうど1年ほど前の去年の夏だった。
興味深そうに商品やテーブルなどの什器類を手に取ったりして眺めた後、2階で少しお話をする機会を持つことができました。間もなくオープンするというACE HOTELのLAについて話をしてくれて、カルフォルニアのハンドクラフトの家具や、アーティストによる落書きが随所にあって、ポートランドとはまた違ったものになるはずだと語っていました。そのヘッドクオーターである、ポートランドのACE HOTELも写真でしか見たことがなく、ぼんやりしたイメージしかなかったのですが、ホテル作りを楽しそうに語る氏を見ていると、魅力的な場所なんだろうな、という確信を持つことができました。その日は、いつかそこに泊まることを約束し、See you in Portland と言って別れました。
その後、昨年11月に突然、アレックス氏の訃報が届きました。結局ポートランドで会うことは永遠にできなくなってしまいました。しかし先月、ついに念願だったポートランドとLAのACE HOTELに泊まり、その約束を果たすことができました。
ACE HOTELの魅力を一言で言ってしまうと、自由で温かい雰囲気。ホテルとしての格式やこうでなければいけないという概念をとっぱらって、自分たちがほんとうに心地よいと思える空間を、自分たちの手で楽しみながら作り、運営しているのが伝わってくるのです。ポートランドのACEは、90年に建てられた古いホテルをリノベーションして作られています。ロビーには、ヴィンテージの大きなテーブルを囲むようにソファーが置かれ、たくさんの人がコーヒーを飲んだりしていて、敷居が低く自由な空気が流れています。その脇には、古いアメリカ映画で見られる白黒の証明写真の撮影機があったりして、自然と気分も盛り上がります。
部屋は、壁に手描きのアートが描かれていたり、古い辞典のページが一面に貼られていたり、それぞれ異なるインテリアになっています。さらに、古い木箱をテーブルとして使い、便箋、ルームサービスのメニューから、石けんランドリーバッグなど細部まで、ACEらしいヴィンテージ感とロックスピリットや遊び心が溢れるセンスを感じさせてくれます。
個人的にぐっときたのは、各部屋にレコードプレイヤーとレコードが20枚くらい置いてあること。泊まった人は、自由にそのレコードを聴くことができます。思わずぼくは近くのレコード屋で、中古のレコードを何枚か買い、部屋で聴いてしまいました(そんなレコード屋が歩いてすぐ近くにあるのもポートランドならでは)。
ACE HOTELは、DIY精神やローカリズム、サステナビリチィーなどを尊重するポートランドカルチャーのアイコン的な存在となり、人を繋ぐ場としても機能しています。もちろん快適さだけを求める人たちには、他に最適なホテルはたくさんあると思います。しかし、ACEには、旅ならではのそこでしか味わうことができない、特別な体験や出会いがあるのが魅力。それはLAのACE HOTELに行くことで、さらに実感することができました。
ポートランドがシンプルなアコースティック編成で奏でられるオーガニックなフォークロックなら、LAのACE は、ディストーションを効かせたギターサウンドに、曲によっては、ホーンやストリングス、シンセが加わったミクスチャーなロック。アレックス氏が生前その理想的なイメージを再現できたと語っていたというLAのACEは、1927年に建てられたシアターを併設したビルを丸ごとリノベーションしてできました。
夜にそこに着いたぼくらは、近付くほどに、建物全体から、混沌とした不思議なオーラが放たれているのを感じました。ホテルのカフェやバーでは、人々の活気に満ちあふれ、アンディ・ウォーホールやウィリアム・バロウズ、ボブ・ディランらが通っていた頃の60年代のチェルシーホテルはこんな雰囲気だったのかなあ、なんて見たこともない伝説のホテルを想起させ、ここからあたらしい文化が生まれそうな空気を感じるのです。
事実、LAのダウンタウンは、地元の人からも忘れ去れていたさびれたエリアだったのが、このホテルが今年オープンしたことにより、劇的に人が集まるようになっているそうです。ここではDIYやヴィンテージなど、ポートランドと同じACEらしいスピリットを感じながらも、LAならではのあたらしいスタイルを作り上げています。
ひとつのスタイルをコピーしながらチェーンオペレーションで店舗を増やしていくのは違い、アルバムごとにスタイルを変化させ、リスナーに驚きと感動を与えてくれるロックバンドのようなやり方。今はもうこの世を去ってしまったアレックス氏のホテルへの想いを強く感じ、まさに今、トラベラーズファクトリーの新しい店を作っているぼくらは、そのやり方にとても共感すると同時に、大きな刺激を受けることができました。