語るに足る、ささやかな人生
中学生の頃、地理の授業で学んだ日本の人口密度に、かなり窮屈さを感じたのを覚えているけど、今思うと日本は山間部も多く、人の気配がまったくない場所もけっこうあります。例えば、夕暮れ時に車で街を出て、山道を登っていくと、だんだんと建物が少なくなり、さらに道路灯もなくなり、車のヘッドライトの明かり以外に何も見えない寂しい風景が広がっている、なんてことは珍しいことではありません。
そんな夜の山間部の道を抜け、少しだけ平地が広がると、細い道に学校、酒屋やよろず屋のような食料品店などが数軒並ぶ小さな街に遭遇することがあります。ぼんやりと明かりを灯す家の窓からは、テレビを見ながら夕食を食べる姿が見え、それが夏の夜だったりすると、軒先で老人と子供が花火をしていたりして、そんな風景を眺めると、住んだこともないくせに、寂寥とした孤独と温かな郷愁を感じます。地図で眺めると、1本の線が繋がっているだけの道路ですが、その周りには、人々が暮らし、それぞれの生活があるだなあと、感慨深い気持ちになります。
アメリカの小さな街、スモールタウンを巡り、その旅を綴った『語るに足る、ささやかな人生』という本を手に入れたのは、9月にトラベラーズファクトリーで行ったweekend booksの本のイベントでした。店主の高松さんが届けてくれた古書を店頭に並べていて、エドワード・ホッパーの絵の印象的な表紙に目が止まり、1週間残っていたら、買おうと決めました。
広大な国土があるアメリカでは、ひとつの街から街まで膨大な距離があり、その間を繋ぐ細い糸の結び目のようにスモールタウンが点在しています。著者は、車を走らせ、モーテルに泊まりながら、人口3000人程度のスモールタウンを巡り、そこで出会った人たちと言葉を交わしていきます。強い意思を持ちながらそこで暮らす人、いつかそこを出ることを夢見る人、惰性で暮らす人、スモールタウンに住む理由はさまざまですが。それぞれの「語るに足る、ささやかな人生」がその場所にあることがわかります。読者は、名も知らぬアメリカのスモールタウンの住民の人生を垣間見ることで、世界中のいたるところに、たくさんの語るに足るささやかな物語があることを想像することができます。
そんなささやかな物語を探しに行くこともまた、ぼくらが旅をする理由なのかもしれません。世界は物語に満ちあふれています。