寝台列車の旅
僕がはじめて寝台列車に乗ったのは学生時代に行ったインドでのことで、ニューデリーからガンジス川沿いにあるバラナシに向かう2等寝台でした。ぎゅうぎゅう詰めの車内を進み、なんとか指定席にたどり着くと、すでにもうそこには人が座っていて、チケットを見せながら席を空けてもらうのも一苦労。それでも座れるんだからと、3人掛けのシートに5人で座って電車は進みました。
夜になって、座席を倒してベッドを作って横になっても、すぐそばでたくさんの人が立っているので、車内は落ち着きません。それでも夜が明けると、車窓からは清々しい朝の太陽のもとで、インドの広大な風景が広がっているのが見えて、感動したのを覚えています。だけど、その感動も束の間、外では何人もの男たちがこっちを睨むようにしてしゃがんでいるので、何をしているのかよく見てみると、朝の用足しをしているのです。さらに、その時は水かけ祭りのホーリーが近く、駅を通り過ぎるたびに、外から子供たちが水をかけてきたりして、なかなかハードな寝台列車の旅だったのを思い出します。
次に乗ったのは、タイのバンコク発チェンマイ行きの寝台列車で、この時は個室寝台を予約したので、快適な電車の旅が楽しめました。夜には、電車の心地よい揺れとともに、ぽつりぽつりと家の灯が見える田園風景を眺め、さらに明るくなると食堂車でゆっくりお茶を飲みながら、山岳地帯を抜けていくのを眺める。そんな優雅な旅を楽しめました。
飛行機だったら1時間ほどで着いてしまう距離を、何時間もかけてゆっくりのんびり移動する。もちろん、インドやタイでは経済的な理由で飛行機に乗ることができず止むを得ず電車に乗っている人たちがたくさんいるのですが、それでも寝台列車の旅には他にない魅力があります。
日本では、新幹線が登場し、夜通し走らなくても大抵の場所にいけるようになったし、高速バスやLCCなど低価格の交通手段も発達しているおかげで、残念ながら、今まで寝台電車に乗るチャンスを持てていません。だけどブルートレインは少年時代からの憧れの乗り物だったし、いつかチャンスがあれば乗ってみたいと思っていました。
そんな中、最後のブルートレインとして上野・札幌間を走っていた北斗星が運行を停止するというニュースが聞こえてきました。車両の老朽化などがその理由とのことですが、スピード重視の今の日本にはそぐわない乗り物となってしまったのかもしれません。
ずっと昔に読んだ星新一氏のショートショートを思い出します。未来の話。セールスマンが、最新の高級自動車を会社経営者に売り込みに来ます。その自動車の快適な設備や静かで心地よい走りをひと通り説明し、最後に最低スピードは何キロです、と言う。その魅力に興味を持った経営者は聞き間違いだと思い、最高スピードは?と問う。
すると、セールスマンは、あまりにも車内が快適なので、みんな早く目的地に着かないようにゆっくり走りたがる。だから、いかに遅く走ることができるかにこだわり改良を重ねた、と言う。その言葉を聞いて、高い価格にもかかわらず経営者は買うことを決めてしまう。確かこんな話でした。今の日本では、寝台電車もそんな存在なのかもしれません。
さて、現在、新宿伊勢丹本店2階では、寝台電車の旅をテーマにしたイベントを開催しています。そのなかで北斗星とトラベラーズファクトリーとのコラボレーションアイテムも展開中です。新宿伊勢丹では8月24日まで開催、さらにその後8月26日から9月8日まで京都伊勢丹、大阪ルクアイセタンでも展開します。間もなく幕を閉じようとしてる寝台電車、北斗星とのコラボレーションアイテムを手にすることで、寝台列車での旅を思い出してください。