2016年9月 5日

Janis, Little Girl Blue

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「先輩の前では言えないけど、ほんとうはビリー・ホリディよりもアニタ・オデイの方が好きなの」
 
学生時代のこと、ジャズサークルでヴォーカルをしている友人の女の子がそう言った。その頃ジャズなんて聴いていなかった僕は、最初その違いがよくわからなかった。よくよく話を聞いてみると、ジャズは黒人が作った音楽だから、黒人の方が優れているという認識がジャズ好きの人たちの間にあって、黒人女性ボーカリストのビリー・ホリディよりも、白人のアニタ・オデイが好きだとを言いづらい雰囲気があったようだ。
 
「同じようにアレサ・フランクリンよりもジャニス・ジョプリンに惹かれる」
 
そう言われてやっと僕は「なんとなく分かるよ」と答えた。どちらも素晴らしいシンガーであることは間違いないけれど、遠いアフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられて、厳しい生活環境で生きてきた歴史を持つ黒人の中で、さらに虐げられてきた黒人女性が歌う哀しみは、あまりにも深く重い。そんな黒人音楽にシンパシーを感じた白人の歌うブルースは、フィルターを通した分、もっと分かりやすく、身近でパーソナルに心に届いた。
 
アレサ・フランクリンが歌う失恋の歌は、人類愛の深い哀しみを歌っているように聴こえるけど、ジャニスの歌は、聴き手に対して個人的に「あなたの気持ちは分かるわ、泣いていいのよ」と言ってくれているように聴こえるのだ。
 
映画『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』を見ると、人種差別が根強く残る保守的なテキサスの街で育ったジャニスが、黒人女性の歌うブルースに惹かれていく理由がよく分かる。
 
友達や家族とうまくやっていけない上に、容姿にコンプレックスを持ち、孤独になっていく思春期の彼女にとって、その悲しみを受け止めてくれるのは、黒人のブルースだった。だからこそ、彼女の歌うブルースには、自分と同じ孤独を感じているすべての人たちへの理解と救いでありたいとの想いがあって、それゆえに僕らの心にダイレクトに届いた。
 
「ジャニスの曲で一番好きなのは、Me and Bobby McGee」
「あ、俺もそうだよ」
 
はじめて話がぴったりかみ合ったような気がした。この曲は、ジャニスの曲のなかで珍しい、アコースティクギターのコードストロークから始まるリラックしたトーンのカントリーソング。ジャニスの代表曲とは呼べないかもしれないけど、身体中から悲痛な叫びを絞り出すようなブルースの名曲群のあとに聴くと、なんだか救われたような気分になるのだ。
 
映画では、ジャニスが10年ぶりに高校の同窓会に行くのをテレビ番組が取材するシーンがある。有名になった彼女は、みんなから温かく迎えられ、チヤホヤされるのかと思うと、そんなことはなく、昔の同級生からあからさまに無視をされて、それでもカメラに向かって高校時代の辛い思い出を明るく笑いながら語っている。
 
彼女の孤独を象徴する、見ているだけで辛くなるシーンなんだけど、それと対比するように、フェスティバルエクスプレスというイベントで、このMe and Bobby McGeeを歌うシーンが流れる。ジェリー・ガルシアのギターをバックに、心を許せる仲間たちとこの曲を歌うジャニスは、笑顔で心から楽しそうで、その数ヶ月後に死んでしまうことを分かっているからこそ、僕らは彼女の笑顔に救われ、同時にとめどなく涙が流れてくる。Me and Bobby McGeeは、それまで歌ってきたブルースの悲しみの先のささやかな希望を感じさせてくれる曲で、それゆえ、僕は何度もリピートして聴きたくなってしまう。
 
それにしても、ジャニスとのコラボレーションのノートを作るなんて、なんだか信じられないな。昔、ジャニスの伝記を読んだ時、ポケットにジャック・ケルアックのオン・ザ・ロードをいれて、自由の街、サンフランシスコに向けて旅に出たというエピソードが印象に残っている。
 
いつかジャニスに憧れて、故郷からどこかへ旅に出る女の子がいて、そのポケットに今回のコラボリフィルを挟んだトラベラーズノートが入っているのを想像して、ちょっとワクワクしてしまう。
 
映画『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』は、9月10日よりシアター・イメージフォーラムほかで、全国順次ロードショーされます。コラボリフィルの詳細はこちらまで。
 
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