アメリカで考えたこと
ブルックリンを歩いていると、イギリスでも訪れたラフトレードのニューヨーク店を見つけた。倉庫のような広い店内には、アナログレコードがいっぱいで、思わず胸をときめかせながら、棚を見て回った。1枚1ドルの特価コーナーから、定番の名盤に、最近リリースした新譜まで、CDよりレコードに多くのスペースをとっている。さらに、最近密かにブームになっているというカセットテープコーナーもしっかりあった。レコードが復活してきたのを聞いたときには、一過性のブームのようにも思ったりしたけど、あれからけっこう月日が経っているし、今ではかなり市民権を得ているのかもしれない。
最近は、Apple MusicやGoogle Play Musicなど定額の音楽サービスが充実して、それはそれで便利で素晴らしいことなんだろうけど、今の気分にあったプレイリストをコンピューターが揃えてくれるなんてサービスは、音楽好きにとって最高の楽しみを奪ってしまうものだと思うし、お店の棚のレコードをぱらぱらとめくりながら、ジャケ買いでお気に入りの音楽を見つけるのは、やっぱり最高の新しい音楽との出会い方だ。
僕だってiPodで音楽を聴くし、ダウンロードサービスもよく利用するけど、同じようにジャケットを眺めながら、パチパチとノイズがするレコードに耳を傾ける時間も大好きだ。アメリカで街を歩いていると、他にも小規模だけど音楽愛がたっぷり感じられるレコード屋さんをいくつか見つけることができた。同じように本への愛を感じられる素敵な本屋さんもたくさんあった。アマゾンの本拠地であるアメリカでは、本屋の数は近年激変しているんだけど、その一方で街のランドマークのようになっている本屋がまだいくつかあって、その店内がとても賑わっているのが印象的だった。
ニューヨークの老舗書店ストランドブックストアに、サンフランシスコにあるビートジェネレーションの聖地シティライツはやっぱり素晴らしかった。そんな本屋で最も印象的だったのは、ロサンゼルスにあるラストブックストアだった。その佇まいから老舗書店だと思って調べてみたら2011年にこの場所にオープンした新しい本屋でアマゾンやデジタル書籍によって本屋が滅びる運命にある時代の流れに逆らって、皮肉をこめて最後の本屋という名前でオープンしたそうだ。広い店内を埋め尽くすように本やレコードが置かれた空間は、まさにアナログのテーマパークみたいで、そこにいると、懐古趣味ではなく、むしろ未来を感じたのが、嬉しかった。
あわせて巡ったトラベラーズノートを販売してくれているお店にも同じ匂いを感じた。バークレーにあるキャッスル・イン・ジ・エアは紙やインク、ペンにクラフトの材料などが、ウェスアンダーソンの映画のような空間に並んでいるお店。店主と話をすると、本当に紙や描くことが大好きでカリグラフィーやペーパーフラワーのワークショップを定期的に開催し、その楽しさを伝えているんだと、熱く語ってくれた。
さらに、ロサンゼルスの最もホットなストリートのひとつアボットキニーで、日本のプロダクトを中心にセレクトし、そのストーリーを丁寧に伝えながら販売しているトータスジェネラルストア。スタッフみんながトラベラーズノートユーザーでその楽しさを愛情たっぷりに伝えながら販売してくれているバウムクーヘン。美術館の前の小さな小屋でストンプタウンコーヒーとともにトラベラーズノートを販売してくれているパンケーキエピデミックに、日本から出店しているトップドロワーにマイド。
もしかしたら必要なモノを手にいれるだけなら、他にもっと便利で安く手にいれる方法があるのかもしれないけど、これらのお店に足を運んで買い物をすることで、他に変え難い体験を得ることができるし、その物語をより深く知ることができる。きっとそうやって手にいれたモノはより楽しく愛情を持って永く使えるはず。どこも素敵な店だったし、そこでトラベラーズノートを扱ってくれているのを見てほんとうに嬉しかった。
そういえば、ACE HOTELだってそうだなあ。快適さや便利さ、価格だけを求めるなら、決しておすすめできないホテルだけど、他では得られない特別な体験ができる。バウムクーヘンの店主がちょっと面白いところに連れて行ってくれると、案内してくれたピンボールマシンがずらりと並んだ空間にも同じ匂いを感じた。1ゲームが当時と同じ25セントだったから、ついつい夢中になって何度も遊んだ。
メインストリームに逆らいながら、あえて面倒で手間のかかることをなりわいとするちょっと天邪鬼な人たち。自分たちが好きであることを掘り下げることで生まれた創造力を信じて、直感を大切にする。経済性や効率性よりも、自らの仕事に誇りと愛情を持って、楽しくやり遂げることがモットー。同じ匂いがする仲間にはすぐに心を開いてフレンドリーに接し、共感してくれるお客様には、最大限の敬意を持って接する。
そんな自由を尊重し反骨精神としなやかな優しさを持つ人たちが、ゆるやかにつながることで、新しいムーブメントが生まれようとしている。そんな空気をさまざまな場所で感じたし、僕らの仕事のやり方も、そうありたいと思っている。もちろん、それは広い土地に多種多様な人々が暮らすアメリカの一部分でしかないし、むしろ少数派の価値観かもしれないけど、調和や環境より、利己主義的で経済性を何よりも重視しようとするように見える大統領がまもなく誕生する今こそ、その流れはより強くなるのかもしれない。
久しぶりにアメリカを旅してそんなことを考えた。