2017年6月26日

無地のノートは書き終えると本になる。

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トラベラーズファクトリーステーションで販売している古書の在庫が少なくなってきたようで、さっそく何冊か買い付けてきた。正直に言えば、本のコーナーはそれほど売れるわけではないし、あの小さなお店の中で売上坪効率だけを考えれば、すぐにでもやめるべきコーナーと言えるかもしれない。だけど、トラベラーズファクトリーの世界に本があってほしいと思うのは、本こそノートから生まれた表現だと思うからだ。
 
明治の文豪の作品も、今を感じさせるエッセイも、漫画だって、きっと一人の作者が、ノートや紙に向かって頭を悩ませながら、ペンを走らせることで生まれているはずだ。真っ白なノートが中心にあるこの店内に本が並ぶことでそれらが生まれる過程、ノートに何かを書き留めて表現することで新しい物語が自分の中にはじまるのを想像してもらえたら嬉しいと思っている。本の背表紙が並ぶ姿には、そんな想像力を掻き立てる不思議な力がある。
 
そんな理由は別にしても、お店に並べる本を選ぶのは誰かにプレゼントするために、カセットにお気に入りの曲を録音する時のような、楽しい時間でもある。トラベラーズファクトリーの本コーナーは、小さいながらもいつも新しい発見があるような本棚でありたいと思っている。そんなわけで、面白い本にもっと出会いたくて、最近たくさん本を読むようになった。
 
先月の鈍行列車の旅で読んだ冴えないレコード屋の店主の話『ハイ・フィデリティ』がすこぶる面白くて、同じ作家ニック・ホーンビイの『ア・ロング・ウェイ・ダウン』を読む。自殺をしようとその名所であるビルの屋上に行った4人の男女が偶然出会うというところから話が始まる。未成年への淫行で捕まり出所した中年キャスター、植物人間となってしまった息子を介護する女性、バンドを解散し彼女にも振られたミュージシャンに、男に逃げられたパンク少女、そんな4人が繰り広げるいかにもイギリス的なシャレや皮肉に満ちた小説。
 
同じイギリス作家でもロアルド・ ダールの『単独飛行』は、逆に人間愛にあふれ、純粋に夢に向かう生き方を描いた自伝小説。第2次大戦直前に仕事でアフリカに赴任し、戦争がはじまると戦闘機パイロットとして活躍、何ヶ月も入院するような怪我を負いながらも、正気を失わず、前向きに人間らしく生きようとする姿は、読者に爽やかな勇気を与えてくれる。
 
シリアスな文学作品も数多くある北杜夫が、躁状態の時に書いた小説『父っちゃんは大変人』は、中学生の時に読んで面白かったのを思い出し、久しぶりに再読。突然1兆円の遺産が入ってきて大金持ちになった父っちゃんが、田園調布に豪邸を建てただけでは収まらず、まさに正気を失ったように、日本が出場を辞退していたモスクワオリンピックに出場するためデンキチ王国として日本から分離独立。最後には日本に宣戦布告し戦争をはじめてしまうというお話。中学生の時にワクワクしながら読んだ記憶があるけど、今読むと1980年代初頭の時代背景も思い出させてくれるのも面白かった。
 
そんな1980年代初頭、まさに人気絶頂だった片岡義男は、当時はちょっと軽薄な感じがして手にとって読むことはなかった。だけど、大人になって変な先入観なしで読んでみるとエッセイに面白い本が多いことがわかり、最近は本屋で手に取ることも多い。『洋食屋から歩いて5分』は、日常生活のさりげない発見から小説を書き上げてしまう発想方法や、近所の商店街や定食屋さんとの素敵な関わり方など、大人として楽しく生きていくヒントがたくさんある。
 
片岡義男の作品には、アメリカ文化の影響を色濃く感じるけど、日本でもっともダイレクトにアメリカの影響を受けたのは、1972年までアメリカによって統治されていた沖縄だ。駒沢敏器の『アメリカのパイを買って帰ろう』は、立ち寄った沖縄の空港でジミーズパイという、昔からあるアップルパイを見つけたことからはじまる。そこから感じるアメリカ統治時代の沖縄の歴史を紐解いていくことで物語は進んでいく。
 
作者がアップルパイと出会い、その歴史を辿り、さらにテーマを掘り下げて1冊の本を綴ったように、トラベラーズファクトリーにある本や道具と出会いそこから、あたらしい旅がはじまっていくいいなと思っている。そして、旅を無地のノートに書き留めれば、それは自分が作り上げた1冊の本のようなものだ。ぜひ自分だけの本をたくさん作ってください。

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