最高の博物館と美術館がある街
ニューヨークのAce Hotelでのイベントが終わり、帰国の前日。ホテルを出て近くのダイナーで朝食をとると、グランドセントラルステーションまで歩き、地下鉄に乗ってセントラルパークへ向かった。駅から地上へ出ると、目の前にダコタハウスが見えた。100年以上前に建てられたこのお城みたいな高級アパートは、ジョン・レノンが晩年に住み、さらに、その門の前でマーク・チャップマンによって殺された場所として有名で、たくさんの人が記念撮影をしていた。
セントラルパークの中に入りしばらく歩くと、ストロベリーフィールズと呼ばれるジョン・レノンの記念碑があり、ちょっとした観光名所になっている。いつもここでは誰かがギターを片手に歌っていて、その横では恋人と手を繋いだり、ベンチに座ったり、記念写真を撮ったりしながら、そこにいるみんがが彼の音楽や彼が伝えようとしたメッセージに思いを馳せているみたいだ。そんな風景を眺めていると、なんだかここが他にないかけがえのない場所のように思えてきた。ちょうど僕らがいた時はジョンの曲ではなく、ピンク・フロイドの「あなたがここにいてほしい」が歌われていて、それはそれでとてもしっくりきた。
この日は秋晴れという言葉がぴったりの快晴で、少し冷たい澄んだ空気を思いっきり吸い込みながらセントラルパークを散策した。枯葉の隙間からリスが現れ、足早に去っていった。静かな公園の湖には鴨が泳いでいる。しばらく歩くと、子供たちが、広場で遊んでいたり、先生の後ろに並んで歩くのを見かけるようになった。近くにあるアメリカ自然史博物館を見学した子ども達が、帰る前にひと遊びしているようだ。
アメリカ自然史博物館といえば、サリンジャーの小説「ライ麦畑でつかまえて」の主人公ホールデンが一番好きな場所だと語っている。幼い頃、先生に連れられてクラスのみんなで並んで手を繋ぎながら、インディアンの丸木船やエスキモーが凍った湖に穴を開けて魚を釣っている展示を眺めたことを、ホールデンは子供の頃の純真さを懐かしむように語っている。
すべての物がいつも同じところに置いてあり、変わらないことがこの博物館の良さだとホールデンは言うけど、ニューヨークから帰ってきてあらためてこの小説を読み返してみると、この小説が出版された1951年から比べても、今もその展示はそれほど変わっていないような気がする。アメリカの大地を写実的な絵で描いた背景の前に置かれたシロクマや鹿、パイソンなどの剥製は、今にも動きだしそうだし、インディアンが暮らす姿を再現した展示はかつてのこの土地の姿をリアルに想像させてくれる。今回の旅ではじめて訪れたこの場所を僕は、すっかり気に入ってしまった。
「ライ麦畑」は、主人公ホールデンが学校の寮を抜け出し、ニューヨークを3日間さまよい歩く姿を描いた小説だ。高校生の頃この小説に出合ってはまった僕は、何度も繰り返し読むうちに、セントラルパークにグランドセントラルステーション、ロックフェラーセンターのスケートリンクやこの自然史博物館など、ニューヨークの名所の多くを、この小説で知った。そういえば、ダコタハウスの前でジョン・レノンを殺した犯人は、その手に「ライ麦畑」を持っていたことは有名な話だ。
「ライ麦畑」には出てこないけれど、ニューヨーク近代美術館 MOMA もニューヨークを訪れたら絶対に足を運ぶべき場所のひとつ。ゴッホからはじまり、モネにマティス、ピカソからエドワード・ホッパーにポロック、ウォホールまで、写真で見慣れた素晴らしい作品がたっぷりあって、目の前でじっくり見ることができるし、美術館特有の堅苦しさとか尊大さがなくて、フレンドリーな温かさが漂っているのが魅力。
僕らは行った時は、残念ながらウォホール作品は出張中のようで一枚も見られなかったんだけど、代わりに、僕の大好きな写真家ステファン・ショアの特別展をやっていた。寂れたモーテルに、色あせた看板、なんでもないパンケーキなど、ニュー・カラーと呼ばれる独特の色合いの写真は、僕にとっての憧れのアメリカの原風景。思いがけずその素晴らしい作品をたっぷり見ることができて、ますますMOMAが好きになった。
政治的にはいろいろ問題はあるし、僕が見たり体験したことなんて巨大な国のほんの一部でしかないけれど、それでもアメリカは僕らをワクワクさせてくれるし、人生をもっと楽しくしてくれる素敵なアイデアをたくさん与えてくれる国だ。ニューヨークに行って、自然史博物館にMOMAを訪れれば、きっとみんなもそう思うはずです。まだ行ったことがない方はぜひいつか足を運んでみてください。