2018年3月26日

認めらることがないまま創作を続けた素晴らしきアーティストたち

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アメリカが生んだ最高の女性詩人と言われているエミリー・ディキンソンは、生前わずか10篇の詩が発表されただけで全く無名のまま亡くなった。外の世界とほとんど交流を持たないまま生涯を生家で過ごし、ずっと独身を通した。死後、妹がエミリーの整理ダンスの中から大量の詩稿を発見。それらが出版されると、時が経つにつれて世界的な評価を獲得していった。生前、自ら批評家に詩を送ったこともあったが認められず、自分の詩を出版することを諦めた。それでも隠遁者のような生活のなかで詩作を続け、生涯で1775篇の作品を残した。

「歓喜とは出て行くこと
 大地の魂が大海へと、
 家々を通り過ぎ、岬を通り過ぎ、
 永遠の中へと深く

 私たちのように山々に囲まれて育ったなら、
 船乗りにも分かるでしょうか、
 陸地から一海里沖に出た時の
 この世ならぬ恍惚が?」
  
この詩は、山々に囲まれた田舎の家にこもりながら、書かれていたからこそ、喉の渇きのなかで想像する水のように、外の世界へ旅立つことの歓喜をより深く伝えてくれる。

アメリカの作家、チャールズ・ブコウスキーは、一度作家になるのを諦めてからも、働きながら書くことを続け、49歳で「ブコウスキー・ノート」を出版。やっと長く勤めていた郵便局を辞めることができた。彼の小説は、酒やギャンブルに溺れ、自堕落な生活を送りながらも、精神的に自立し、自分に正直に生き抜く姿勢が、力強く書かれている。その文章は、弱いところや恥ずかしいことも隠さず書かれていて、まるで生きていくために吐き出された日記のようだ。エミリー・ディキンソンやチャールズ・ブコウスキーの作品には、売れるためとか、有名になるためとかではなく、純粋に自分の心を癒すために書かざるを得なくて書かれた、生の声がある。

フランスの画家、アンリ・ルソーは、パリで税関職員をしながら、日曜画家として絵を描いていた。素朴で幻想的なタッチのその絵は、展覧会に出展し続けるもなかなか評価されなかったが、それでも仕事をしながら描き続けていた。その後、ピカソに発見されることをきっかけに世に知られ、その高い完成度と芸術性が認められるようになったのは、晩年死の直前だった。そういえば、ゴッボだって、生前に売れた絵は1枚しかないと言われている。

これらの作者に共通してあるのは、みんな専門的な一流の学校で基礎から技術を学んではおらず、独学でその作品を作り上げていること。その分、一見粗野で素朴に見えるけどオリジナルで純粋、生々しい迫力と既成概念を覆すような力に溢れている。まるでパンクロックみたいだな。

インスタなどで検索すると、世界中のたくさんの方々によって描かれたトラベラーズノートの紙面を見ることができる。繊細なタッチの水彩画から、ページにびっしりと小さな文字で書かれたダイアリー、カリグラフィーで美しく書かれた言葉、コラージュ、さらに、それらを縦横無尽にミックスし表現されたもの。それらのほとんどは、何かの報酬のためにだったり、広く世間に認められたいからでもなく、今の自分、そして未来の自分ために描かれたパーソナルなメッセージであり、生活のなかで何かを表現せざるを得ないその人の心根から溢れ出た無償の創造だ。

ノートに何かを書くことを生業にしていない僕らは、わざわざ苦労をして書いたり、描いたりしなくても生活することはできる。だけど同時に、描かざるを得ないメッセージがあり、描くことの喜びを知っている。それが優れているかどうか、それが商売になるか、そんなことを考えず、ただ自分たちが生きた証を実直に書き続ける。ノートを作ることを生業にしている僕は、いつか誰かのトラベラーズノートに描かれた表現が世界の人たちの心を響かせ、広く認めらるようになったら嬉しいな、と心から思う。
 
今週3月29日、いよいよ青いトラベラーズノートや新しいスパイラルリングノートが発売されます。やがてそこに描かれていくであろう、手にした人たちによる溢れ出る表現や無限のメッセージのことを思うと胸が高まります。最後にエミリー・ディキンソンの詩をもうひとつ。

「これは世界にあてた私からの手紙です
 私に一度も手紙をくれたことのない世界への
 自然がやさしい威厳とともに教えてくれた
 シンプルなメッセージです

 メッセージを送ります
 会うことのできない人の手に
 自然への愛のために
 やさしい同胞のみなさん
 どうか私を温かな心で裁いてください」
 
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