2018年5月14日

はじまりのうた

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ジョン・カーニー監督の映画「はじまりのうた」のワンシーン。

失意の中にいた無名の若い女性ミュージシャン、グレタと、今は落ちぶれてしまったかつての名プロデューサー、ダン。ふとしたきっかけで二人が出会い、ともに音楽を作っていくことになる。最初はダンのことを信用していなかったグレタも、彼の音楽に対する熱い想いと真剣さを知るうちに、心を開き、ともに音楽を作ることでお互いに人生を取り戻していく……。

そんなある日、ダンの車の中でイヤフォンを二股に分けるジャックを見つけて、それぞれのプレイリストを一緒に聴こうと提案する。音楽が好きな二人にとって、それは昔の苦い思い出やかつての夢や憧れがつまった恥ずかしいけど大切にしている自分の心の内側をさらけだし共有する行為だった。

二人はイヤフォンを付けて同じ音楽を聴きながら華やかな夜のニューヨークを共に歩く。最初の曲は、シナトラの「Luck Be A Lady」。この曲をバックにブロードウェーを歩くと、華やかな劇場に、観光用の馬車もみんな自分たちを祝福し歓迎してくれるような気分になる。続いて、スティービー・ワンダーの初期の名曲「For Once In My Life」が流れる。

「たった一度だけ、私は人生のなかで私を求め、
 私が求めていた人に出会う
 たった一度だけ、心に描いていた夢がかなう。
 あなたみたいなやさしい人が私の夢を叶えてくれる」

二人は歌ったり、踊ったりしながら夜の街を歩く。そして、暗い公園のベンチに座ると、グレタは、ちょっと古くてベタだけど好きな曲なの、と言いながら、映画「カサブランカ」の挿入歌として有名な「As Time Goes By」をかける。すると、聴きながらダンはこう言う。

「音楽の魔法だ。ありふれた風景が急に意味を持つんだ。どうでもいいような平凡だと思っていたものが音楽によって、美しく輝く真珠になる」

音楽が好きな人はもちろん、それほど音楽を意識して生活していなくたって、きっと心が打たれる素敵なシーンだ。生きていくことは、退屈な日常の繰り返しだし、思い通りにいかないさまざまなトラブルや悩みに満ち溢れている。だけど、そんな中にささやかな喜びや美しさを見つけ出し、それを誰かと共有することで生きていく希望を見つける。音楽は一見平凡で見逃してしまいそうな風景や光を失い暗く閉ざした失意の心に、光を当てて、真珠のような輝きを与えてくれるスポットライトのような存在になる。

そうやって考えてみると、音楽だけでなく、映画や本、それに旅だってそうだ。僕らの平凡な日常にスポットライトをあてて、太陽みたいに輝く瞬間があることを教えてくれる。旅先では、場末の裏路地にある流行らない食堂が、なんとも言えない光を放ち、旅人に素晴らしい体験を与えてくれることがよくある。

そして、それは日常の生活でも同じだ。トラベラーズノートもまたそんなスポットライトのような存在でありたい。 このノートを手にすれば、いつもは捨ててしまうレシートやチケットの半券などのなんの価値もない紙切れが光を放ち、かけがえない宝物になる。ノートに日記のように記すことで、いつもの定食屋の日替わり定食や、帰宅途中に気まぐれで立ち寄った喫茶店のコーヒーが、まるで旅先で偶然めぐり合った名物料理みたいに光を放つ。いつも通勤で使っている電車の車両に、自分の車や自転車をノートにスケッチするだけで、それは人生という旅の移動手段になる。

素敵な音楽を聴くこと、心に響く映画を見ること、本を読むこと、旅に出ること、そして、トラベラーズノートに何かを書き留めること。それらは全部、自分の生活に光を当ててくれるスポットライトの光源を探し求めていく行為だ。

僕らにはもっと光が必要だから、トラベラーズノートを手にして、音楽を聴き、映画を見て、本を読み、旅に出ることを続ける。そうしたら、こんな自分にだって、いつか輝く瞬間があるってことに気付くことができるかもしれないな。

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