ジュークボックスで音楽を聴いてみたい
もう30年以上昔のこと。大学生になってバンド組んだばかりの僕らは、まず最初にどんな曲を演るのか決めかねていた。パンクロック好きに、ヘビメタ好き、さらにサザンオールスターズが一番好きなんて言うメンバーまでいて、そもそも音楽的趣味があまり一致してないし、さらにみんなたいした技量も持ち合わせていない。
学校のベンチでタバコをふかしながら、ダラダラとくだらない話をして、無駄な時間を過ごしていた。誰ともなくそろそろ帰ろうかと言い出すと、サザン好きのベース担当が途中まで車に乗せていくと、誘ってくれた。彼の実家は、中古車販売をしていることもあり、仲間内で唯一自分の車を持っていた。ただ、学生は軽自動車で十分だ、という彼の父親のこだわりで、車は真っ赤なダイハツのミラだった。ジャンケンで負けると、ただでさえ窮屈な後部座席で楽器に挟まれながら座らなければならなかった。
駐車場を抜け坂道になると、人と荷物を詰め込んだ非力な車は、アクセルを全開で踏んでも情けない音を立てるだけで、スピードはどんどん落ちていった。すると運転手は、よくあることのように窓を開けるとエアコンのスイッチを切って、すべてのパワーをタイヤの回転に集中させた。
僕らが通っていた大学は京王線沿いの八王子にあり、僕ともう一人は東京の東側に住んでいたから、車は特急が止まる聖蹟桜ケ丘駅まで向かってくれた。駅に着くと、お茶でも飲んでいこうと、駅ビルに立ち寄った。コーヒーを飲んでいると、その一角にビデオ付きのジュークボックスがあるのを見つけた。一度は衰退したジュークボックスだったけど、MTVの影響でミュージックビデオが流行るのにあわせて、レーザーディスクが内蔵されたものが当時はけっこう出回っていた。
それまでそういったものにお金を払って聴くなんてことはなかったけれど、はじめて組んだバンドのメンバーと一緒だったということもあり、なんとく聴いてみることにした。深夜テレビで見慣れていたヒット曲ではなく、MTVがない時代の古い曲を探して、ビートルズの「Come Together」を選ぶと100円玉を入れた。
ゆったりと重々しく流れるその曲をみんなで聴きながら、これだと思った。装飾を削ぎ落としたシンプルでスローなその曲は、初心者に近い僕らにも演奏できそうな気がした。今思えば、こういったシンプルな曲の方が聴かせる演奏するのはより一層難しいんだけど、下手な人たちが練習として音を出してみるには、悪くない選択だったかもしれない。ともかく、ジュークボックスから流れた「Come Together」が僕らの背中を押して、最初の一歩を踏み出させてくれた。
ボーカルは、カセットテープで何度も聴きながら、「ヒアカモーフラッタヒーカム...」といった風にカタカナでノートに書いて覚えた。ジョン・レノンの言葉は、比較的聞き取りやすかったけれど、意味はまったく分かっていなかった。ちなみに、今ではインターネットで簡単に歌詞を検索できるけど、それを読んでも意味はさっぱり理解できない。ギターは、それっぽい音を出すのにそれほど苦労をしなかったけど、ベースはちょっと時間がかかった。それからバンドの練習を終えると帰りに聖蹟桜ケ丘駅に立ち寄って、ジュークボックスで「Come Together」を聴いたり、ジミヘンの「Purple Haze」を聴きながら、歯でギターを弾くシーンを面白がって見ていた。
これが僕のジュークボックスの数少ない体験だけど、最近、映画でジュークボックスが出てくるのを見て、機械の中に収納された、例えばスプリームスやロネッツにビーチ・ボーイズなどのレコード盤が繰り出されて鳴るような、昔のジュークボックスの音を聴いてみたいと思った。
例えばアメリカの古い映画では、男がジュークボックスにコインを入れて音楽が流れると、シーンのトーンが変わり、盛り上がったり、しんみりしたりすることがよくある。ジュークボックスにコインがあれば誰でもその瞬間、場の空気を変えるDJになることができる。その時に一緒にいる誰かとの距離をぐっと縮めたり、喜びを共有したりできるし、ひとり旅の時だったら、孤独な時間を癒してくれるかもしれない。ジュークボックスは、音楽の魔法を生み出す素敵な道具だ。
今では音楽はただみたいになっているけど、そんな幸せな3分を過ごすためだったら100円だって高くないし、レコードブームとあわせて再熱したりしないかな。っていうか、トラベラーズファクトリーにジュークボックスがあったら素敵だな。