2019年1月15日

ノートの未来について考えよう

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いつもトラベラーズノートのレギュラーサイズを使っていた取引先の方と話をしながら、ふと手元を見ると、パスポートサイズに変わっていたので、どうしてなのか聞いてみた。
 
「スケジュールも書かなくなったし、ノートは打ち合わせの時にメモを取るくらいしか使わないから、これで十分なんですよ。スケジュールは全部マックで入力して、そうするとiPhoneでも見れるし、ほんと便利ですよ」と彼は答えた。ノート屋としては、複雑な気持ちになったけれど確かにそうなんだろうなと思った。
 
最近すっかり新しいものに目覚めている彼は、デビットカードがケースのポケットに入ったiPhoneを見せながら、「もう最近は現金だってほとんど持ち歩かないから財布もいらないですよ。もうこれだけで国内だって海外だって十分なんです」と付け加えた。そんなわけで財布もバッグもどんどん売れなくなっていると、その業界の不況を嘆いた。僕の前だからか、そうは言わなかったけど、同じ文脈で語れば、当然ノートや手帳だって、その未来は明るい訳ではないということになる。
 
思えばトラベラーズノートが発売してからのこの12年と何ヶ月で、ノートを取り巻く環境もずいぶん変わった。iPhoneをはじめとするスマートフォンが登場することで、SNSなどの新しい仕組みが生まれ、コミュニケーションの形や情報の発信や共有の仕方もずいぶん変わった。
 
心の中で浮かんだ素晴らしいアイデアもたわいもない考えもノートに記されることもなく、そのままダイレクトに世界中に発信されるようになった。さらに、IotとかAIが急速に発達していくことで、僕らの生活はこれからも変わっていくらしい。そう遠くない未来には何かを記録したり、発信したりするに手を動かす必要がなくなるかもしれない。
 
そんななかで、僕らはトラベラーズノートという革と紙による原始的なプロダクトを作り続けてきたし、これからもそれを続けようとしている。だからと言って、新しいテクノロジーを無条件で拒否するような、偏屈な年寄りのようになりたい訳でもないし、むしろ新しいものが好きな方だと思っている。それに、テクノロジーが進化すればするほど、相対的にトラベラーズノートの存在感はより高まっているような気がする。
 
何度かここでも書いていることだけど、トラベラーズノートは、ある特定のターゲットを設定し、それをもとにマーケティングをして、生まれたプロダクトではない。何かの座標軸にポジショニングするようなことはあえてやらなかったし、むしろそこから外れ、自由でありたいと考えていた。その分頼りにしていたのは、自分たちの直感で自分たちが楽しくわくわくできるかを基準にものづくりを進めていった。
 
それは今も同じで、新しいプロダクトも売り方もイベントも、楽しくわくわくできるかということを何より大事にしている(もちろん、そのためには楽しいだけでなくその分面倒なことや辛いこともたくさん受け入れないといけないのだれど)。SNSなどの新しいテクノロジーとの関わり方もそうで、それがトラベラーズノートの世界をもっと楽しいものにしてくれそうだったら積極的に利用してきたつもりだ。実際にインスタグラムを使えば、世界中のユーザーのノートを見ることができるし、マドリードイベントの様子をリアルタイムで簡単に世界中に発信できる。それはトラベラーズノートにとっても、とても喜ばしいことだと思っている。
 
テクノロジーの進化は、基本的に世の中がより便利で効率的になることを目指していく。例えば、生産性を上げていこうとすれば、労働時間は管理され、無駄を排除しようとするし、同じように遊びに行くにも、映画もレストランも情報をくまなくチェックしてハズレがないようにする。だけど、人の可能性や価値観は、そんな単純なものではないと思うし、失敗や無駄を楽しみ、そこから多くを学ぶことだってできる。
 
なにより効率化が突き詰められた社会は窮屈だし、自由にものごとを考える想像力が失われてしまうような気がする。「良い・悪い」「正・悪」「白・黒」は、はっきり区別できるような単純なものではない。それらは、グラデーションのようにあいまいでちょっと角度を変えて見れば、簡単にひっくり返ってしまうことだってたくさんある。そういう価値観の転換に、僕らは新しいドアが開いたような高揚感を感じてワクワクすることだってある。
 
人間がロボットでない以上、効率化では測れない隙間は絶対必要で、例えば、紙にペンで何かを書き留めたり、描いたりするという、テクノロジーの進化とは逆行する、鈍臭いようなことこそが隙間を生み出し、想像力を育んでくれるのだと思っている。
 
革のカバーのノートに、お気に入りのチャームをつけたり、シールを貼ってカスタマイズをする。そのとき心に浮かんだ言葉を紡ぎ、感動した風景を絵に描き、その時間、その場所に居合わせた証を残すようにチケットを貼り、スタンプを押す。革についた傷やツヤが歴史を物語っていく。そうするとトラベラーズノートは、その人にとって心を躍らせてくれる掛け替えのない存在になる。
 
最新テクノロジーを一切使っていない、なんでもないありきたりのモノが組み合わさることで心を躍らせるマジックが生まれる。音楽や小説、絵などと同じように、そんなものがなくてもきっと生きていくことはできるし、その意義を理解してくれない人もいるかもしれない。だけど、それを必要とする人がいる限り、僕らはノートを作り続けていきたいし、ノートの楽しさを世界に伝え続けていきたい。そこにどんな風に新しいテクノロジーが関わってくるのか、それはその時考えればいいことだと思う。単純にノートの楽しさを広げたり、伝えるために有効であれば、知識や予算が許す限り取り入れていきたい。だけど、その中心にあるのは、革と紙で作られたトラベラーズノートであるのは変わらない。
 
先週末、トラベラーズファクトリーでは新春恒例のNEW YEAR & TRIPを開催し、とてもたくさんの方に足を運んでいただきました。お店でのイベントなんて、運営する側にとってもお客様にとっても、効率性とは逆行するようなことなのかもしれないけど、でも楽しかったり、嬉しかったり、そんな感情もまた効率性では計れないものですよね。
 
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