Rock 'n' Roll High School
リチャード・ブローティガンに倣ってふと頭に浮かんだ空想と遊んでみる。
アメリカのモンタナ州、ロッキー山脈の麓にロックンロール・ハイスクールという学校があったらしい。校長も教頭も教師も生徒も用務員もみんなロックンロールが大好きで、ロックンロールを教育の指針としている。
国語はロックの歌詞を教材として学び、歴史はロックの歴史、地理はワールドミュージックとともに勉強する。科学の授業は電子楽器の仕組みを学び、音楽の授業はもちろんみんなでロックを演奏する。
「ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリスンは、1969年から1971年の間にみんな同じ年齢でこの世を去っているが、その年齢は?」
例えば歴史のテストにはこんな問題が出る。だけど、テストの点数が良くても悪くても、成績は変わらない。一方的な評価基準で人に優劣をつけることを良しとしないことが、この学校の教育方針だから、そもそも通信簿もない。ロックの歴史なんて、勉強したいと思えば勉強すればいいし、そう思わなければ勉強をしなくてもいい。それを知り探求していくこともロックだし、そんなの関係ないぜと、やりたいようにやることもまたロックなのだ。
卒業生はみんなロックミュージシャンを目指すわけではない。僕のようにロックが好きだけど、音痴で音感もリズム感もないなんて人はたくさんいるし、そんな人がプロのミュージシャンになれるほど世界は甘くはない。だから、ロックな作家やロックな映画監督、ロックな画家にロックな漫画家を目指す人もいる。さらにロックなデザイナーに、ロックな先生、ロックなコーヒーロースター、ロックなラーメン屋、ロックなサラリーマンに、ロックなノート屋になる人もいる。
この学校では、ロックは音楽のジャンルやスタイルではなく、生きていく姿勢だと定義している。生きていくための指針となる価値観を作ることが教育の一番大切なことだと考え、ロックをそのための教材と捉えている。ジョン・レノンが歌うように愛と平和を本気で唱え、文化や価値観の多様性を尊重し、オリジナルに敬意を払い、美しくあることを身を削って追求し、己の信念に忠実で、自由であることを大切にする。
そんな気高い理想を持ってロックンロールハイスクールは運営されていたが長くは続かなかった。先生も生徒も、ロックな価値観を持つから体制や権威に無意識のうちに反発したり、メジャーよりインディーズなものに心惹かれたり、みんなが右へ行こうすると、つい左へ向かってしまう、あまのじゃく的な気質がある。
それに、ロックが好きになるような人たちは、心に闇を抱え、冴えない青春を過ごしてきた人が多いから、その分面倒なひねくれも者も多い。学校の運営は多くのお金と人が必要なビジネスでもあるけれど、そんな人たちばかりが集まって、まともな運営が続けられるわけがない。80年代を迎え、ロックが巨大ビジネスへと取り込まれていくのとあわせて、いつしか閉校となってしまったらしい。
僕は、墨田川高校という東京下町にある高校に通っていたれど、心のなかではロックンロールハイスクールの卒業生だった。だから自分の半分はロックで作られていると思っているし、あまのじゃく的な気質もいまだに消えずに残っている。ロックから学んだことの多くは、今でも心の根っこにあって、それは自分と世界との距離を測るためのものさしのような存在になっている。長く社会人をやってきたことで、別のものさしも多少は手に入れたけれど、10代の頃に作られた価値観は、体の中に染み込んだ気質みたいに消え去ることなく残っている。
「学校で僕らが学ぶ最も重要なことは、最も重要なことは学校では学べないということ」
村上春樹氏がある本に書いていたけれど、誰もがきっと、本当に大切なことを教えてくれる僕にとってのロックンロールハイスクールのような心の学校を持っているのかもしれないですね。どんな学校なのか想像してみるものなかなか楽しいですよ。
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