2019年3月18日

ブラスクリップができるまで

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トラベラーズノートは、開いたままの状態で落ち着きにくい。手を離すと、自然にページが持ち上がってパタンと閉じてしまうこともある。例えばトラベラーズチームのミーティングの時はやっぱりみんなトラベラーズノートを使っているのだけれど、ノートの上にスマホを置いたり、ペンを引っ掛けたり、クリップを留めたりして、それぞれのやり方で開いた状態をキープしている。

それで10年以上使っているので、もうすっかり慣れてしまって不便だと考えることもないけれど、なんだかすっきりしないもやもやしたものがずっと胸の中にあった。たまにトラベラーズノートを開いて写真を撮ろうとするときはもうちょっと切実だ。余計なものを画面に映したくない時は、裏からマスキングテープで留めたり、さらに、押さえていた指先を後から画像修正して消したりすることもあった。でもそうやってできた写真は、嘘をついているようで、やっぱりもやもやした。
 
インスタグラムでは、トラベラーズノートを開きイラストが描かれたり、コラージュされたページを撮影した写真をたくさん見ることができるけど、それらは様々なクリップで留められている。でも僕らとしては、自分たちと関係性のない他社が作ったクリップをつけるのも気が引けるし、当然トラベラーズノートにぴったりしたモノも見つけられなかった。
 
ある日、橋本が「だったらトラベラーズノート専用のクリップを作りましょうよ」と言いながらそのイメージとして50年以上前にアメリカで作られたノベルティのクリップを見せてくれた。サイズこそトラベラーズノートに付けるには大き過ぎたけど、真鍮の無骨な佇まいはトラベラーズノートにぴったりだった。それを見た時に僕らの作りたいクリップのイメージが見えたような気がした。メイド・イン・ジャパンでトラベラーズノートの専用クリップを作ろう。そうやってブラスクリップの企画が始まった。
 
僕らが作りたかったのは、真鍮の板を曲げただけのシンプルな作りに刻印を入れるという、昔ながらのクリップなのだけど、これが意外と大変だということは、進めてから気がついた。そもそもクリップは、低単価の大量生産のものがほとんどで、それらは薄いスチールやステンレスを材料とし、金型がいくつもセットされた大きな機械でほとんど人の手を介さず自動で作られている。
 
例えば、そうやって作られたクリップに塗装をしたり、刻印を押したりして、オリジナルのクリップ作る方法もあるけど、それでは自分たちが作りたい形とはまったく違うものになってしまう。もっと無骨なでシンプルな形を求めた時、一から設計し金型を作り、様々な工程ごとにいくつかの工場の協力を得なければならなかった。そんな手探りなやり方ではあったけれど、まずは職人と相談しながら、時間をかけて何度も試作を繰り返していった。
 
真鍮の板の厚みを変え、大きさを微妙に変えてちょうど良いサイズ感や重さを追求し、固過ぎず柔らか過ぎないトラベラーズノートに挟むのにちょうどよい締め具合にするために、バネのサイズや巻き数を変えながら付け替えたり、刻印をより美しく出すために、プレスの職人の知恵を借りながら最適なやり方を追求した。
最初に理想的なサンプルができあがった時は、真鍮のほどよい重さを感じるゴロンとした形、使うと味がでるのが想像できる美しい色合い、トラベラーズノートに付けた時の佇まい、まさに他にはないトラベラーズノートのためのクリップが具現化したことにとてもワクワクしたのを覚えている。
 
先週、最終的な工程を確認するため各工場を巡り、職人さんと話をしてきた。
 
まず最初の工場では、ロール状の平たい真鍮の板を抜き、曲げるまでを行う。そして、次は刻印を入れる工場へ行った。今回刻印のデザインは2種類あるけれど、それぞれのデザインにあわせて刻印のやり方も職人さんの工夫で変えている。
 
どちらも70代の先代と2代目の息子さんのお二人で運営されている下町の小さな工場で、油がたっぷりついた巨大な古いプレスマシンを器用に動かしながらガチャン、ガチャンとひとつずつプレスをしている。僕らが目を輝かせながらそれを眺めていると、普段は無口で難しそうな職人さんも気さくに僕らの質問に答えてくれた。

そして、次に行ったのは下町のメッキ工場。ブラスクリップは、無垢の状態で仕上げるのでメッキはかけないのだけど、通常はメッキの前工程として行うバレル処理をここでは行う。バレル処理は、石が入った寸胴の中にクリップを入れて何時間も回転させることで、クリップの角のバリを取り、軽くヤスリをかける。ここでも、ブラスの質感や色合いを出すために石を変えたり、バレルの時間を調整したりして今まで何度も試作を行ってくれていた。
 
「これでいいんだよな、まったく大変だよなあ」社長が自らバレルを回しながら笑顔でぐちっぽく言うのを、僕らも笑顔で「ありがとうございます」と返した。
 
そして、最後は組み立てだ。ここでは納期に間に合わせるためにスタッフ総出で組み立てから、墨入れ、パッケージを行う。

東京近郊に昔からあるようないわゆる町工場は、たいてい家族経営で小規模で運営されているためその分できる工程も限られている。そして昨今そういった小規模の町工場がどんどん減っていっているのも事実だ。ただ、それを専門的に長い間続けてきたがゆえの職人の経験や技が日本のものづくりを支えてきたのもまた事実でもある。
 
僕らは作りたいものは、決してハイテクではないし、高級品ではないけれど、毎日心地よく使うことができて、使うほどに愛着がわいてくるような上質で丁寧に作られたものでありたいと考えている。ブラスクリップは、今回協力いただいた工場と職人さんたちによってそれが実現できたと信じている。ぜひ、ブラスクリップを手にとっていただき、そんな彼らの技や心意気を感じてもらえると僕らも嬉しいです。
 
発売まであと少しですが、ぜひ楽しみにしてください!

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