短編小説集と7インチレコード
アアルトコーヒーの庄野さんから小説を書いているという話を聞いたのは、たしか去年の夏、京都でのイベントの打ち上げの時だった。短編を書き溜めていて、それがもうすぐ10編になるから、そうしたら本を出版しようと思っていると、酔っ払っていたので、目を泳がせてろれつがあまり回っていない口調で言った。
庄野さんは前から小説を書くと言っていたからびっくりするようなことでもなかったのだけど、いよいよ書いたんだなあ、と思った。「ぜひ読ませてくださいよ」と言うと、その後、メールで何編かの小説を送ってくれた。分かりやすい起承転結があるわけでないけれどどれも読み終わると、心の奥にしまってあった感覚が蘇ってくるように、忘れかけていた記憶を呼び起こしてくれたような気分になった。想像以上のそのクオリティーに感心するとともに庄野さんと同い歳の僕は、少し嫉妬を覚えた。
そして先月末。短編小説集『たとえ、ずっと、平行だとしても』が美しい本になって届いた。庄野さんのこだわりで、取り外すことができるカバーや推薦文が入った帯などはつけず、さらに本にはバーコードや価格も印刷されていない。それらの売るためだけに必要なものを排除することで無駄が削ぎ落とされ、装丁のシンプルな美しさがさらに際立っていた。
この本を出版をしたのは、今まで本を出版したことがない音楽レーベルで、通常の本のように取次販社を経由して全国の書店に卸すのではなく、もともと庄野さんと付き合いのある書店や雑貨店、その考え方に共感した店のみで販売している。内容はもちろん、装丁のデザインから売り方まで庄野さんのインディーズスピリットが詰まった本になっている。
話は変わって、けものの青羊さんとはじめて出会ったのは、トラベラーズファクトリーでNAOTのイベントを開催した時だから、もう6年前のこと。靴を買ってくれたのとあわせて、CDを僕らにプレゼントしてくれた。しっとりしたジャズスタンダードのカバーから始まりながら、それを気持ちよく裏切るようなアバンギャルドな曲もあったりして、すっかり感動してお礼のメールを送ると、ピットインで開催したライブに招待してくれた。ライブももちろん素晴らしくて、次はぜひトラベラーズファクトリーでライブをやってください、と話した。
それから、何度かトラベラーズファクトリーに遊びに来てくれたのだけど、なんとなくきっかけをつかめず、なにもできないまま、ずいぶん時間が経ってしまった。だから、新しい7インチレコードをリリースするのにあわせて、その記念イベントをトラベラーズファクトリーで、と声をかけてくれたときは、嬉しかった。しかも、その中の1曲「トラベラーズソング」は、トラベラーズファクトリーからインスパイアされて作ったと聞いた時は、さらに嬉しくなった。
7インチレコードに収められているもう1曲は「コーヒータウン」という曲で、昔から喫茶店が多く、青羊さんの故郷に近い盛岡の街をテーマにした曲だった。レコードには歌詞にでてくる盛岡のお店が掲載されたマップが付属していて、さらにリリースをしたのが、盛岡のレコード店。こちらも売りやすさより音楽愛、地元愛を大切にしたインディーズだ。
どちらの曲にもコーヒーが出てくるし、青羊さんも親交があり、ちょうど短編小説集を出版したばかりの庄野さんにも来ていただき、ミニライブとコーヒー教室を開催していただくことになった。
けもののライブは、青羊さんの歌声が響くとトラベラーズファクトリーの2階の空気ががらっと変わってしまうほど素晴らしいものだったし、庄野さんの話は相変わらず楽しく、刺激的で、打ち上げまであっという間の1日だった。なによりも嬉しかったのは、それらに触れることで僕らのインディーズスピリットにまた火をつけられたことかもしれない。
庄野さんの短編小説とけものの7インチレコード、どちらもトラベラーズ一押しのおすすめ作品です。みなさまもぜひ。