台風と、トラベラーズ米 稲刈り編
台風15号の翌日、僕は運が良かったのか電車の遅れもそれほどなく、定時を10分ほど遅れた程度で会社に着いた。でも他の人たちはけっこう大変だったようで、路線を変えながら、人で溢れた電車をなんとか乗り継いできたり、長い距離を歩いたりで、汗をたっぷりかいて疲れ切った様子で、やっと会社に着いたという人がほとんどだった。
それよりも今回の台風で一番影響を受けたのが、成田空港にあるトラベラーズファクトリーエアポートだった。その日は、車で通うスタッフ一人だけがやっとの思いで空港までに行きオープンはできたけど、他のスタッフは誰も行くことができず、結局途中でクローズせざるを得なかった。その後も運送状況が不安定のため、工場から車で直接商品を届けたり、自宅の停電が続くスタッフがいたり、いろいろ大変な状況でトラベラーズノート 2020ダイアリーの発売をなんとか迎えることができた。
そんな中ではあるけれど、週末、台風の被災地でもある、千葉県鴨川へ向かった。
鴨川にはトラベラーズ米の田んぼがあり、もともとこの週末に、稲刈りを予定していた。もちろん、こんな状況で稲刈りができるかどうか分からなかったけれど、とにかく状況を確認してみたかったし、自分たちに何かできることがあればしてみたいという気持ちもあった。最寄りのインターチェンジから高速道路を降りると、停電のため信号は点灯していない。恐る恐る車を進めると、なぎ倒された看板に、屋根にブルーシートがかけられた家もたくさんあった。道を進むごとに、大きな木が倒れていたり、復旧工事が進んでいたりするのを見て、その被害の大きさを実感した。
トラベラーズ米の棚田がある鴨川ヒルズになんとか辿り着くと、幸運にも建物はほとんど被害がなく、僕らも安堵した。ただ、台風以来ずっと停電が続いているようで、そのためか携帯電話もまったく繋がらなかった。さっそく田んぼを見てみると、台風の影響で、ほとんどの稲が地面に倒れ、土は田植えの時のように濡れて泥になっていた。だけど、倒れた稲を手にとってみると、黄金色に輝く美しい穂が実り、中にはしっかり包み込むようにお米を含んでいた。
これが美味しいご飯になるんだなあ。あれだけ苦労して抜いたのに雑草が生い茂っていたせいか、その数は決して多くはないし、豊作とは言えないけれど、それでも僕らは大喜びだった。
稲刈りといっても、その工程はたくさんあった。まずはワラをねじり、刈った稲を束ねるための縄を作っていく。1方向にねじった2組のワラを逆方向にねじると、縄ができる。最初はなかなか思い通りにできないけれど、コツを掴むと、しっかりとねじれてほつれない縄ができるようなる。美しいねじれが見える縄ができると嬉しくて、みんなで黙々と縄作りに励んだ。
続いて稲刈りだ。トラベラーズ米は無農薬で昔ながらの方法での米作りだから、稲は鎌を使い手作業で刈っていく。手作業だから、倒れた稲も問題なく刈ることができる。だけど、大雨で泥にまみれた田んぼでの稲刈りにかなりの体力を消耗した。半分ほど終えたところで、お昼休憩。
昼食はなんと、流しそうめん。棚田を見下ろすバルコニーで、半分に割った竹をテーブルの上から床に置いたバケツに傾斜をつけて設置し、上からポリタンクの水を少しずつ流した。ガスコンロでさっと茹でた麺を落としていくと見事に竹をつたって流れていった。鴨川ヒルズのオーナーたちはアウトドアで遊ぶことの達人だ。冷蔵庫は使えないから、氷で冷やしたビールを飲みながら、流しそうめんを楽しんだ。
そして再び稲刈り。汗をいっぱいかいて、泥だらけになりながら稲を刈っていった。刈った稲は、最初に作った縄で結んで束ねる。そして、竹を組んで稲架を作り、そこに束ねた稲を吊るして、今日の仕事は終了。こうやって何日か天日で干すことでお米の甘みが増していくそうだ。
稲刈りも無事終わり、鴨川ヒルズを出て帰路につくと、来る時には機能していなかった信号機が光を灯していた。帰りに木更津と川崎を結ぶアクアラインの途中にあるサービスエリアに立ち寄った。東京湾の真ん中にある人工の島のてっぺんでは、赤い夕日が沈む海に向かって飛行機が飛んでいた。みんなでひと仕事を終えた充実感と美しい黄昏の風景で、ちょっとロマンチックな気分になっていた僕らは、コーヒーを飲みながら、時間を忘れて熱く夢を語り合った。
すると、鴨川ヒルズに残っていた石井から、電気はまだ繋がらないけど、電波は繋がるようになったと、メールが届いた。まわりに住宅がほとんどない鴨川ヒルズでも少しずつではあるけれど、復旧は進んでいるようだ。「キャンドルナイトを楽しんでくださいね」と僕はその光景を想像し返事を送った。
千葉県では、いまだに停電が続く場所も多いようです。たまに訪れる僕らとは違い、日常を過ごしている方にとってはとても不安で大変なことだと思います。一日も早い復旧をお祈り申し上げます。