ニコンF
フィルムカメラを譲ってもらった。
ニコン初の一眼レフカメラとして作られ、1959年から73年まで生産されていたニコンFというカメラだ。当時、撮影品質の高さと堅牢性が高く評価され、報道カメラにもよく使われていたそうだ。カンボジアで消息を絶った戦場カメラマンの一ノ瀬泰造氏も愛用していて、その遺品に弾丸が貫通したニコンFが残っている。
譲ってもらったのは、露出計が付いているモデルで、僕が生まれる2年前の1967年に発売されていたらしい。ネットで調べてみたら、こんなページもあった。往年のロックスターたちも愛用していたようだ。角ばった重厚なデザイン、金属パーツを多用したアナログのメモリやダイアル、ずっしりした重み。カメラを手にするだけでワクワクしてくる。
最近は、かつてはいつも持ち歩いていたデジカメGRですらずっと家に置きっぱなしで、写真撮影はもっぱらiPhoneだけという状態になってしまっている。いつもポケットに入れているし、気軽に簡単に撮影できるし、画質もそこそこいい。デジタルだから後で修正も可能。確かにiPhoneはカメラとしても便利ではあるけれど、その分、写真に対する思い入れみたいなものはすっかり薄くなってしまっていた。
そんな中、重くてさばるし、撮影も面倒、まさにiPhone内蔵のカメラとは対極にあるニコンFを手にした時に、忘れかけていた写真に対する興味が一気に湧き上がってきた。このカメラには露出計が付いているけど、動かない。そのため撮影時には露出を計る必要がある。まずはiPhoneに露出計として使えるアプリがあるようなのでダウンロードした。そのアプリを使って露出を測り、絞りとシャッタースピードをセット、ファインダーを覗き、ピントをあわせてシャッターを切ると、カシャッという小気味よい音がした。どんな写真が撮れたのかは、その時点では一切わからない。
だけど、デジカメ登場以前はそうだったのだ。旅から帰り、どの街にもあった現像屋さんに、フィルムを持ち込み、焼きあがった写真をドキドキしながら見るのは旅の楽しみのひとつだった。今だったら、リアルタイムでインスタにアップして、それを世界中の人が見ることができる。それはそれで便利で素晴らしいことなんだけど、この時代にアナログの代表とも言えるノートを作ることを生業にしている僕らは、時代の流れとは逆行するようなアナログの世界に魅力を感じ、惹かれてしまうのだ。
万年筆や鉛筆を手にノートに向かうことで、書いたり、描いたりすることの意味を、より深く考えるようになったように、無骨で面倒なフィルム一眼レフカメラを手にすることで、写真を撮るということに真摯に向かえるような気がした。
ロバート・フランクは、スイスからやってきた移民の視点で、アメリカを旅して市井の人々の現実の生活を切り取った。昨年トラベラーズファクトリーで写真展を開催してくれたハービー山口さんは、ロンドンに住みそこでミュージシャンたちと出会い、彼らを愛ある視点で撮影することで、世界と向かい合うきっかけを手にした。
星野道夫氏は、アラスカの大自然に身を浸し、その風景を撮影することで、失われていく人々の記憶を呼び覚ましていこうとした。
僕はこのカメラでいったい何を撮ればいいのだろうか、ふとそんなことを考えた。もちろん、プロフェッショナルの写真の偉人たちと比べる気なんて全くない。そんなことを考えず美しい風景や感動する場面に出会ったら、ただシャッターを切ればいいのかもしれない。だけど、技術も経験もない僕が、あえてフィルムで写真を撮ることに立ち向かうには、ちょっとでもそこに意義みたいなものがないと続けられないような気もする。
結局、僕が人に誇るべきことも、心から打ち込めることも、トラベラーズのことくらいしかないので、トラベラーズノートやトラベラーズファクトリーを通じて出会った人や風景、トラベラーズノートとともにした旅を撮影していくのがいいのかな。それはきっとフィルムカメラで切り取る価値のあるものだと思うし、僕が撮るべき意義もあるのかもしれない。もしこれを読んでいる誰かに、僕がカメラを向けることがあったら快く被写体になっていただけると嬉しいな。
現在、トラベラーズファクトリー中目黒の2階では、The Superior Labor 代表の河合さんが主宰するハチガハナ写真クラブの写真展を開催中です。彼らが暮らす岡山県の山中にあるハチガハナの自然の中の風景や旅先で出会ったシーンを切り取った写真は、すべて中判カメラで撮影した真四角のもので、眺めていると、その旅を想像させてくれます。10月21日まで開催していますので、機会があればぜひご覧ください。
河合さんありがとうございます!