トラベラーズファクトリー 京都の足場板はちょっと特別だ
1ヶ月ほど前のこと。
来年春にオープンするトラベラーズファクトリーの現場立ち会いのために京都に向かった。旧京都中央電話局だったレンガの建物の隣には前回来た時にはまだ半分ほどしか見えなかった隈研吾氏設計によるACE HOTELが、ほぼ全貌を表していた。僕らは早速ヘルメットを被ると、工事の仮囲いの幕の中に入った。そして作業員たちがせわしく動くのを邪魔にならないように歩いて、トラベラーズファクトリーができるスペースへ向かった。
京都中央電話局時代から受け継がれてきた継ぎ接ぎだらけのコンクリートの柱や壁を出来る限りそのまま残した空間は、一見すると内装工事がはかどっているようには見えないかもしれない。だけど僕らは時代を経てきた無垢の素材が剥き出しになった空間を見て胸が高鳴った。
内装工事は少しずつ進んでいて、中目黒などでも使っている足場板が敷かれた床の一部やカウンターができあがっていた。数々の建築作業を経ることで黒ずんでいたり、ペンキや錆の跡に傷などがついた足場板は、剥き出しのコンクリートの空間に心地よい温かみを与えていた。
「いやあ、やっぱりいいですね」一緒に現場に立ち会ってくれたWOODPROの社長、中本さんに思わず呟いた。
足場板は、工事現場で作業のために設置する足場で使う板のこと。最近は金属製のものも多くなっているけど、関西以西を中心に、高速道路や橋梁などの建設現場では、現在も杉の足場板が使わている。危険な作業に使われる材料でもあるため、通常3、4年ほど使うと現場では使えなくなる。足場板の販売やリースを行ってきた中本さんは、現役を終えた足場板が持つ独特の味わいに惚れ込み、それを内装や家具などにリサイクルすること考え、WOODPROが始まったそうだ。
僕らと中本さんが出会ったのは、10年ほど前のあるデザインイベントで、足場板が並ぶ姿に感動してお話を聞かせてもらったのが最初だった。その後トラベラーズファクトリー中目黒がオープンする際には、僕らの希望にあわせて、ペンキの汚れがついたり、ラフな風合いの足場板を特別に用意してもらった。トラベラーズファクトリー京都のオープンが決まり、内装のイメージができあがると、あらためて中本さんにコンタクトをした。すると僕らが想像もしていなかった面白い提案をいくつもしてくれた。
まずは、京都を代表するお寺の一つ、京都東本願寺の修復に使われたという足場板を特別に用意してくれた。
歴史ある寺の修復は、貴重な文化財を守るため足場を組むにもかなり特別な技術を必要とする。この足場板は、伝統の技を持つたくさんの職人の足を支えるため、強度がある合板でできていて、杉の足場板と風合いが違うのも面白い。僕らはその足場板を床材として使うことにした。強度に加え、学校の廊下のように美しく黒ずんだ色も床にぴったりだし、東本願寺の修復工事を支えてきた歴史を感じるのも嬉しい。
さらに、床面とモルタルの床を仕切るカウンターには、長崎の造船所で使っていた足場板を提案してくれた。こちらは海に近い場所で作業してきたため、潮風をたっぷり浴びたことで木目に沿って削られたように荒く朽ちていたり、船を塗る時のペンキがたっぷりついていたり、ラフでキャラクターの強い足場板。並んだ姿も美しく空間に馴染んでいるし、そのさりない主張をが、新しいお店の船出を予感させてくれた。
僕らはその空間をしみじみ眺めながら、大正時代に建てられた歴史ある空間の中に、美しい木の佇まいとともに、さらなる深遠な物語が加わったことに感動した。
その後、中本さんの案内で、神社仏閣を専門に足場を組む鳶職の会社へ行った。この会社では現在、50年に一度という清水寺の修繕工事のための足場組みを請負っている。お話を聞くと、その作業は想像以上に大変なものだった。文化財を傷などから守るため、足場の骨組みには鉄パイプではなく丸太材を使い、太いワイヤーで繋いだり、組んだりして、足場板を載せる。そして、修復作業中の本堂を、雨風から保護するために全体をシートで覆い、巣屋根(すやね)と呼ばれる状態にする。
「清水の舞台から飛び降りる」というように、斜面から突き出すように建っている清水寺は、さらに大変で、伝統の技を受け継ぐことで得られた特別な技術なしではできない。
日本には、歴史ある木造の神社や仏閣は今もたくさん残っているけど、それはただあるのではなく、残し修繕していくための絶え間ない努力があって成し得ることで、そのことに誇りと責任を持ちながら仕事をしている姿に胸を打たれた。
鳶職の会社社長のご好意で、実際に神社・仏閣の修繕工事に使っていた足場板を譲っていただくことになり、その保管場所へ向かった。そして、たくさんの足場板の中から、特にペンキや錆の跡が強く残っていたり、色が変色しているものを選んで、京都の店のために使わせていただくことになった。これらもまたあの空間に、美しい佇まいと物語を与えてくれるんだろうな。
最後は現在修復工事が行われている清水寺へ。本堂は巣屋根で覆われ、その外観を見ることができないけれど、むしろ僕らは様々な木材で組まれた足場の方に目が行った。中本さんは、嬉々としながらそれぞれの足場について解説をしてくれて、ほんとうに足場板が好きなんだなあ、とあらためて思った。そして、その足場板に対する中本さんの愛が、トラベラーズファクトリーに大きな魅力を与えてくれていることに感謝した。
清水寺から眺める京都の街は、ちょうど黄昏時で、美しい夕陽とともに僕らの目の前に広がっていた。
京都の新しい店は、そこに関わるすべての方々の愛の結晶のような空間になれるといいな。少しずつ明かりを灯し始めた京都の街を見ながら、そんなことを思った。オープンまであと数ヶ月。ぜひ、楽しみにしてください。