2020年2月10日

ターゲット??

20200209b.jpg
 
取材や売り込みなどでたまに、トラベラーズノートやトラベラーズファクトリーはどんな人をターゲットにしているのですか?と聞かれることがある。
 
ターゲットというと、市場調査をして、男女や年齢層、収入、趣味嗜好などを分析することで、ある特定の消費者層を想定し、そこに向けて商品開発することなんだろうけれど、あまりそういうことを意識したことがないので、答えに困ってしまう。それに正直に言うと、ターゲットという言葉には人の心が感じられず、あまり好きではない。それでもあえて言うのなら、トラベラーズノートを最初に作った時から今に至るまでターゲットと呼べるものがあるとすると、自分たち自身なのかもしれない。
 
14年前のトラベラーズノートを作る時、まず最初に決めたのは、自分たちがほんとうに使いたいものを、自分たちがお金を払って購入できる価格で、自分たちがワクワクしたり、かっこいいと思うやりかたで伝えていくことだった。そうやって僕らはトラベラーズノートの仕様を詰めていき、パッケージをデザインしたり、カタログやウェブサイトを作っていった。そのことを深く突き詰めていくほどに、自分はいったいどういう人間なんだろうということを問い直す必要があることが分かった。
 
例えば、僕は旅が好きで、音楽や本が好きだと思っていたけれど、「なんで好きなんだろう」とか「どんなことに感動したのだろうか」ということを、もう一度深く考え、追求していく必要に迫られた。
 
学生時代にバックパッカーとして旅したときの日記をひっくり返し、好きだと思っていた本をもう一度読み返し、思春期の頃に聴いていた音楽を聴き込み、その頃の記憶を呼び起こした。それは、トラベラーズノートというレンズを通して、自分自身を一歩離れた状態から俯瞰し、もう一度ありたい姿に自らを補正していくような行為だった。そうやって、トラベラーズノートの物語が作られていった。
 
そしてこの行為こそが、トラベラーズノートの一番の特徴であるカスタマイズというコンセプトを生むきっかけになった。僕らがトラベラーズノートに自らの魂を反映させていくことで、自分自身を知り、世界のさまざまなルールや常識にとらわれない、自分たちのやるべきことを見い出せたように、トラベラーズノートを手にした人と共にその行為を共有し、共感できたらいいなと思ったのだ。
 
たくさんの商品がひしめくように並ぶことが多いステーショナリーのパッケージは、顧客が見たとき、どんな商品で何が特徴なのかを一瞬で分かるようにデザインしなければいけない、という意見がある。そういう意味では、トラベラーズノートのパッケージは、帯に書かれたテキストは文字が多い割には抽象的だし、中身も分かりにくくて、ちょっと不親切とも言えるかもしれない。だけど、僕らは一瞬でどんな商品なのか分かるようなものにしたくはなかった。見た瞬間に「いったいこれは何なんだ?」と想像できる余地を作りたかった。
 
そこには、みんながこうした方がいいということに対するパンクロック好きゆえの反骨精神みたいなものもあったし、そういったことも含めて、自分たちの直感を大事にしながら、いろいろなことを決めていった。生意気で子供っぽい言い方かもしれないけど、分かる人だけに分かってもらえればいい、と思っていた。その方が、分かってくれた人には、その分深く心に響くはずだと思っていた。
 
トラベラーズノートが世に出て、まず嬉しかったのは、お客様からのメールや手紙などを読んだりすることで、僕らが考えていたトラベラーズノートの根幹みたいなものが伝わっている人が少なからずいることだった。ノートというプロダクトでありながら、それぞれのパーソナルな想いを深くその中に反映させて、まるで人生の相棒のようにトラベラーズノートを捉えてくれているのを知ったときは、涙が出るくらい嬉しかったのを今でも覚えている。
 
その後、国内外でイベントを開催したりトラベラーズファクトリーができて、直接ユーザーの方とお会いする機会が増えるとその想いはより強くなった。今ではトラベラーズノートを使ってくれている人は世界中にいるのだけど、例えば海外のイベントでも、皆さんとても大切そうにトラベラーズノートを取り出し、「これは私の子供みたいなものなのよ」とか「このノートを手にしてから、自分の生活が変わったんだ」というようなことを言ってくれる方々にたくさん会うことができる。
 
発売当初からトラベラーズノートのパッケージに日本語と合わせて、英語でもテキストを入れていたのは、世界中にその想いを伝えたいと考えていたからだった。だけど、その時はパーソナルなメッセージを紙に書き、ビンに入れて、無人島から海に放つような、現実感のない夢みたいな想いだったけれど、それが海を超えてたくさんの人たちに届いているのを知ることができたのだ。
 
男女も年齢も、国籍もさまざまだれど、僕らが伝えたいと思っていたトラベラーズノートの魂の部分にとても深く共感してくれていて、トラベラーズノートに個人的な想いをたっぷり反映させて、ただのプロダクト以上の深い愛を注いでくれている。そしてユーザーが媒介となり、愛を持って他者に伝えてくれることで、その共感が広がっている。トラベラーズノートという価値観を共有する、愛を伴った親密でフィジカルなネットワークが国境も男女も世代も超えて広がっているのを実感できる。
 
もちろんこの状況は、いたずらにSNSのフォロワーを増やしたり、無理やりサイトに誘導するような広告戦略で生まれる訳がないし、そもそも最初から意図していたことではない。ただ自分たちの好きだと思うことに真摯に取り組み、そこに共感してくれた人たちに誠実に向かいあった結果だと思っている。
 
やり方の根本は、日本も海外も一緒だ。それを14年間、荒地を耕すように地道に泥臭く続けてきたことこそ、僕らが誇るべきことで、そのことで生まれた世界中のトラベラーズノートユーザーとの繋がりこそが僕らの財産だと思う。

あらためて言うのはちょっと気恥ずかしいけどトラベラーズノートは、ほんとうに素晴らしいユーザーに恵まれているなあ、と心から思う。

20200209c.jpg
 
20200209a.jpg