ミックステープ
「今度、京都に行くことにしたので、トラベラーズファクトリー京都にも訪問しようと考えているのですが、そこで聴くおすすめの曲がありましたら教えていただけないでしょうか。その音楽を聴きながらお店で本でも読めればと思っております」
こんなメールが、トラベラーズチーム海外担当の一人から届いた。そもそも京都の店内にはBGMも流れているし、どういう意図でリクエストしているんだろうと、仕事の用事で彼に電話したついでに聞いてみたら、他意はなく文面通りの意味だと言うので、「じゃあ、何曲かメールで送るね」と答えた。
だけど音楽好きにとって、曲を選んで紹介するということは、嬉しいことであるのと同時に、なかなか重たい行為でもある。音楽オタクのレコード屋店主が主人公の小説『ハイ・フィデリティ』(ジョン・キューザック主演で映画にもなっている)のある場面を思い出す。
主人公がローカル雑誌の取材を受けることになり、あなたにとってのトップ5の曲を教えてほしいと聞かれる。主人公はさんざん悩んだ末に5つの曲名を伝える。インタビューアーはやっと決まったと呆れながら曲名をメモすると、早く進めようと別の質問をする。だけど、主人公はその質問を無視して、「やっぱりベスト1はこの曲だ」とか「2位はこれにして、3位以下の曲はひとつずつ順位を下げて、最後の曲は外してくれ」とか言って何度もメモを書き換えさせる。いつまでたっても主人公はベスト5を決めきれず、インタビューアーはすっかり困惑する。取材が終わってからも、頭の中はベスト5のことでいっぱいで、あの曲を忘れていたと、夜中にインタビューアーに電話をしてさらに呆れさせる。
主人公の煮え切らない優柔不断な性格を描いたエピソードとして読むこともできるけど、もしもあなたが音楽好きであれば、主人公の決めきれない気持ちがきっとよく分かると思う。ベスト5の曲なんて聞かれても、どの曲を選ぶかで、自分の音楽的な知識やセンスはもちろん、性格や価値観、これまでの生き方に、世界に対峙する姿勢すらも現れてしまうような気がして、そうやすやすとは決められないものなのだ。
だけど音楽好きにとって、なにかのテーマのもと曲を選ぶのは、楽しい行為でもある。女の子とはじめてのドライブなんて機会があれば、流れる時間やタイミングなんかもイメージしながら、何度もレコードをターンテーブルにのせて、緊張しながらカセットデッキの一時停止ボタンを押してドライブ用のミックステープを作ったし、女の子から「おすすめの曲を教えて」なんて言われたら、相手のことを想像しながら曲を選び、90分のカセットテープに録音し、インデックスに手書きでアーティスト名と曲名を書いて、さらにそれぞれの曲にまつわるエピソードや思い入れを紙に書いて、ライナーノーツみたいに折り込んで、テープに添えて贈ったりしていた。
そうやって一生懸命作ったミックステープが、努力した分だけの効果をもたらせてくれたことはほとんどなかったような気がするけど、曲を選んでテープに録音している時間は、無地のキャンバスに何度も色を塗り重ねながら、ひとつの世界観を持った抽象画を描いてくようでなにより楽しいし、完成したらとても充実した気持ちになれた。
さて、トラベラーズファクトリー京都で聴くべき曲は、素直に京都の店内に飾ってあるレコードやフレームにちなんだ曲から、今までこのブログやトラベラーズタイムズで紹介した曲を90分テープに入る分くらい選び、さらにそれぞれの曲にまつわるエピソードをくどくど綴って、メールで送った。
その返事は、僕の曲への想い入れから比べると、かなりあっさりしたものだったけど、こと音楽に対しては、昔からこちらの熱量に見合うだけの反応が返ってくることはほとんどなかったので、別にがっかりもしなかった。それより送った曲のプレイリストをあらためて自分で聴いてみると、何度も聴いている曲なのに、また新鮮な気持ちで感動をすることができて、それですべて報われたような気分になった。
お店を作るということは、ミックステープを作ることに似ているのかもしれないな。プレイリストを聴きながらそんなことを思った。
トラベラーズファクトリーに並ぶ商品は、チームみんなで、この場所に足を運んでくれる人のことを思いながら、それぞれの思い入れがたっぷり詰まった商品を選ぶ。商品が並ぶ場所は、曲順を決めるように曲同士の関係性や全体の流れを考えながら決める。そして、サイトにはそんな思い入れやエピソードをライナーノーツのように綴る。
仮に僕らの思い入れがぜんぶ伝わらなくても、空間にいるだけで僕ら自身が幸せな気分になれるし、お客さまと共感できる瞬間に立ち会うことができたら、もうそれだけでそれまでの苦労が報われたような気分になれる。
意識しないで聴き流していても心地よく、でも意識して耳をそば立てて聴いてみるとその世界に引き込まれるような魅力がある。BGMも空間もそうありたいと思っている。