2021年1月12日

ノートをカスタマイズするということ

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こんなことを言ったら怒られてしまいそうだけど、僕が大学を卒業して今の会社に入ることになった動機は不純だった。最初のきっかけは、たまたま家の近くにあるということだけで、会社案内をパラパラめくって見つけた名前も知らない会社の説明会に行ってみようと思ったことだった。
 
会社を訪ねると、なんとなく雰囲気が良さそうだったので、そのまま面接を受けた。すると、早い時期に内定が決まったため、その後就職活動をする気がなくなってしまいあっさり就職を決めてしまった。当時はバブル最盛期だったので、内定のハードルは今よりずっと低かった。もちろん就職活動をする上で、何も考えていなかったわけではないんだけど、なんとなく興味があった出版社は敷居が高くて入れる気がしなかったし、好きだった音楽関連の会社は、好き過ぎて仕事にしないほうがいいかなと思った。文房具に特別な思い入れはなかったけれど、もともと何かを書くことは好きだったし、身近な日常の道具だから仕事もイメージしやすかったのかもしれない。
 
ぼんやりだけど、旅が好きだったから海外と関わる仕事がしたいということと、ものづくりに関わる仕事をしたいという希望はあったけど、英語がうまく話せるわけでもないし、デザインや商品企画の専門的な勉強をしていたわけでもない。だけど、この会社だったらもしかしたら、そういうことができそうな気がした(今思えば勘違いも甚だしいのだけど、若気の至りというやつですね)。
 
文房具というモノを特別に意識するようになったのは、会社に入ってからだった。最初は営業部に配属された。営業の仕事で享受できる数少ない特権のひとつが、営業用のサンプルとして、自社製品をある程度自由に使うことができることだった。ただ、なんとなくそのまま使うのがいやで、シャープペンのペン先、キャップ、ボディーを付け替えて、全部違う色にしてみたり、ボールペンの塗装を紙やすりで削ってはがして、無垢の金属面を見えるようにして使っていた。自由に使えるという状況だったから気軽にそんなことができたのかもしれない(営業サンプルとしては間違った使い方ですね)。そうやってノートやペンが持つ魅力と同時にそれらをカスタマイズする楽しみを知った。
 
営業の仕事を何年か経験したのちに幸運にも海外と関わる仕事やものづくりの仕事に携わることができた。そしてトラベラーズノートが生まれた。トラベラーズノートのファーストサンプルができた時、まずはそれをカスタマイズしながら使ってみたのは、必然的な流れだった。シールになっているカードポケットを革カバーの内側に貼ったり、タイのマーケットで見つけたビーズをゴムに付けたりしながら、カスタマイズの楽しさに気づいていった。
 
トラベラーズノートという名前にしたのは、もともと好きだった旅をテーマにすることでいろいろ遊べると思ったからだし、チェンマイの工房で作ることにこだわったのはこれでチェンマイに行く理由が作れると思ったからで、やっぱり不純な動機だった。

旅をテーマにしたことで、かつての旅をもう一度振り返えろうと、引き出しの奥にしまってあった、学生時代の旅の思い出をひっぱり出してみた。旅日記が書かれたメモ帳に、旅先で手に入れたチケットやタバコの包み紙、レシートなど、すっかり黄ばんでいるそれらの紙を見ていたらふと、ノートの表紙に貼ってみようと思った。イメージは、旅の達人が持っているような、ホテルやエアラインのステッカーがペタペタと貼られたスーツケースだった。できあがったノートを手にしてみると、それだけで旅の高揚感が鮮やかに蘇り、日々使うことで旅するような気分で過ごせるような気がした。
 
そんなことをしながら、カスタマイズすることの意味が深まっていき、トラベラーズノートにとって大事なコンセプトになっていった。そして、トラベラーズノート本体は、できる限り機能を削ぎ落としシンプルにして、使い手が自由にいじれる余白を残すようにした。足りないものは、その分リフィルを用意することで補っていった。だからトラベラーズノートは不完全で未完成のノートだ。そっけないくらい無骨で無垢な革のノートを使い手がカスタマイズすることによって、それぞれの人にとっての理想的なノートになる。
 
15年前の発売当時、例えばビジネス用の手帳やシステム手帳では、豊富なリフィルを用意して、カスタマイズできるようなものはあった。だけど、トラベラーズノートのカスタマイズがフィーチャーしたかったのは、機能はもちろんだけどそれ以上に孤独に寄り添った、親密で個人的な記憶や感情だった。
 
表紙に、旅の思い出となるようなチケットや自分の好きなバンドのステッカーを貼ることは、ノートの機能には特に影響を与えないけれど、使う心持ちに前向きな変化をもたらせてくれる。それと同時に、ノート自体が自分自身を反映する鏡のような存在になってくる。そんな一見すると無駄とも言えるエモーショナルなカスタマイズを強く提唱するようなノートは当時は(今も?)なかったと思う。
 
トラベラーズノートが不完全で未完成であるのと同じように、僕らもまた不完全で未完成な存在だ。日々、不安や失敗ばかりで、理想通りにいかないことはたくさんある。それでも、さまざまな人との出会いや、カルチャーやアート、環境の変化などの影響を受けながら、より良き世界を求めて旅するように毎日を過ごしていく。
 
僕ら自身が、触れてきた音楽や本、旅の思い出や出会った人たちの言葉なんかを、ステッカーみたいに心の内側に貼り付けて、日々カスタマイズを重ねながら生きているのかもしれない。完璧な人間なんてどこにも存在しないように、トラベラーズノートのカスタマイズも終わることがなく永遠に続いていく。僕はトラベラーズノートのそんな不完全なところと、それでも理想に向かって旅を続けようと促してくれる前向きなところが好きだ。
 
先週末、新春イベントということで、久しぶりに1日トラベラーズファクトリーにいてお客様とゆっくり話すことができた。今回はコロナ禍の影響もあり、いつもとは違う形で、まさにカスタマイズしての開催となった。そんな中でも人と会い話をすることの意味とか大切さを実感できたのも嬉しかった。これからどうなっていくのか、分からないこともたくさんあるけど、トラベラーズらしくカスタマイズしながら、できることを模索して、楽しいことをやっていきたいと思います。よろしくおねがいします。
 
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