2021年2月 1日

作り続ける

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「寅さん」で有名な柴又の料亭「川甚」が、コロナ禍によるお客さんの減少で閉店になったということをニュースで知った。のれんをくぐったこともない僕がそんなことを言えた義理ではないのかもしれないけれど、江戸時代から続く柴又のシンボルのような店がなくなってしまうのは寂しい。お店という存在は、ビジネスであるだけでなく、そこに関わる人たちの心の拠り所であり、たくさんの人たちと記憶を共有し、歴史を繋ぎ文化を育んでいく場所でもある。それがコロナ禍という特殊な事情で途切れてしまうのはやっぱり寂しい。
 
トラベラーズノートが発売されて間もない頃、あるお客様から電話があったのを思い出す。この方はトラベラーズノートをどこかのお店で見かけて気になり、使ってみたいと思うのだけど、メーカーがこれからも作り続けてくれるのか不安で電話をしてきた。作り手である僕は「もちろんそのつもりです」と答えたけれど、お客様は納得してくれない。
 
お話を聞いてみると、かつて気に入って使い続けていた商品が、メーカーの事情で廃盤になり使えなくなってしまったという経験が今まで何度もあることを訴えかけてきた。メーカーでものづくりの仕事をしていると、そんなメーカーの事情も十分理解できるから安直に「絶対に長く続けます」とは言い切れず、それでも作り手としても思い入れもあるので、「なんとか長く続けられるようにがんばります」とあいまいな返事しかできなかった。お客様はそんなこちらの考えを見透かすように「みんな最初はそう言うんだよね」と言い放って電話を切った。
 
ものづくりの仕事をしていてつくづく思うには、新しいものを生み出すのはもちろん大変だけど、そのモノを価値ある商品として作り続け、継続して販売していくのは、それ以上に大変だということだ。普通、小売店は売り場を新鮮にしていくため、常に新商品を求めるから、メーカーもそのニーズに答えて新商品を作り続ける必要がある。そうすると、当然、その裏で売り場から消えていく商品も数多く存在する。メーカーもまた、在庫や生産ロットのこともあり売上が下がった商品を作り続けることが難しくなる。
 
新製品が、旧製品の機能を補填し品質を強化するようなものであれば、その入れ替わりは進化として、むしろ受け入れるべきことなのだろうけど、文房具のようなアナログ商品は必ずしもそうとも言えない場合が多い。流通やメーカーの事情、さらに一時的な売上減によって、まだ世の中のほとんどの人にその価値が知られていないような商品が消えていってしまうことはよくあることだ。

そんなメーカーの事情は身に染みて分かっていたからこそ、それに抗いたい気持ちもあった。あの時電話で「なんとか長く続けられるようにがんばります」と言ったのは、その場しのぎの言葉でなく、けっこう本気で思っていたことでもあった。店と同じようにものづくりもまた、ビジネスであるのと同時に、文化を育んでいく仕事でもあると僕は思っている。
 
トラベラーズノートは、ノートを通じて、使う方の心に前向きな変化をもたらし、さらにその記憶をたくさんの人たちと共有し、心の拠り所のような存在でありたいと思っている。そして、そのことが少しずつでも実現できれば、メーカーや流通の事情に関係なく長く続けられると思っていたし、それをトラベラーズノートで証明したかった。
 
そんな気概で僕らはこのトラベラーズノートを作るという仕事を15年続けてきた。その過程でトラベラーズファクトリーを作ることになったのも必然的なことだったし、思いは同じだった。
 
今年の3月でトラベラーズノートを発売して15周年を迎えることになるけれど、15年間続けることができたのは、なによりもトラベラーズノートを人生の旅の相棒として使ってくれている方々やトラベラーズファクトリーに足を運んでくれる方々がいるからです。ほんとうにありがとうございます。
 
トラベラーズファクトリーでは、緊急事態宣言が発令されて以来、厳しい日々が続いているけど、毎日送られてくるスタッフからの報告メールに書かれた、お客様とのやりとりのエピソードを読んで、元気をもらっている。お客様の暮らしにささやかかもしれないけど、前向きな変化をもたらし、心の拠り所のようになっているのかもしれないことが垣間見れたりすると、それだけで救われたような気持ちになる。
 
15年経ってもまだ道半ば。イバラの道がしばらく続きますが、まだまだがんばらないとですね。
 
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