2021年7月19日

ものづくりの知恵と技

20210717v.jpg
 
私たちが普段使う箸や茶碗などの道具には、どれも日本人の暮らしのなかで培われた最適な重さや寸法がある。例えば毎日お味噌汁をいただく時に使うお椀がある。お椀は100グラムがちょうど良い重さ。さらにプラスチックのお椀はまっぷたつに割ると厚みが均一になっているけれど、職人が作ったお椀は底のほうが少し厚くなっている。これは重心が下にきて手に持ったときに持ちやすいようにそうなっているそうだ。もうずいぶん前のことだけど秋岡芳夫氏の『暮らしのリ・デザイン』を読んでそのことを知り、いたく感心したのを覚えている。
 
そこでは他にも大量生産の一見似たような安物と、長い歴史の中で受け継がれてきた職人の技と知恵によって出来た工芸品との違いをとても分かりやすく解説してくれていた。

そういえば、僕も会社でモノづくりをする部署に異動になった時には、先輩から紙の基本をいろいろ叩き込まれた。例えば、紙には繊維が流れる目があり、ノートも便箋もどの方向に紙の目を合わせるか決まっている、ということを教えてもらった。仮にそんなことを気にせずに紙の目を逆にしてノートや便箋を作ったとしても、見ただけではその違いは分からないし、使えないわけではない。だけど、ちょっとページがめくりづらいとか、手にした時にしっくりこないなど、プラスチックのお椀と同じで、いまひとつ使い心地がよくない。
 
たまに紙目があっていないノートが売られているのを見ることがあるけど、なんとなく落ち着かない心地悪さを感じながら、やはりこういうことは大事だとあらためて気付かされる。

前に縫製工場を見学させてもらった際、縫製の仕事をはじめて10年になるという方が、まるで定規で線を引くようにまっすぐミシンで縫っているのを見て、「すごいですね」と言ったら、「いや、Kさんにはぜんぜんかないません」と控えめに答えたことがあった。Kさんは40年以上この仕事を続けている職人さんで、みんなから先生と呼ばれるような存在の方。そこで早速Kさんがミシンをたたくところを見せてもらうと、スピードが段違いに早いのに見た目もさらに美しい。ピアノ奏者が鍵盤を一切見ることがなく、流れるように曲を弾くように自然と手先が動き、まったくずれることなく美しい曲線を描いていく。
 
「もうこれだけやっていると、手が覚えていて、勝手に動くんだよね」と僕らに話しながらも、手を止めることなくミシンは動き続けている。できあがった財布は縫い目が美しいだけでなく、気持ちよく開き、出し入れもしやすい。ひとつのことを長く繰り返し続けることで手にすることができる職人の技に大いに感動した。

リング職人としてノートバイキングで、いつもリング綴じをしている石井さんが、若手にリング綴じを教えている時に言っていたことを思い出す。
 
「リングを綴じること自体は、少し練習すればできるんだけど、気持ちよくページがめくれるようにリングノートを綴じるにはやっぱり繰り返さないとだめだよ」
 
石井さんが綴じたノートと若手が綴じたノートを見比べてみても、見た目には違いは全く分からない。だけど、確かに若手が綴じたノートが若干リングにゆがみがあるのかちょっとページがめくりづらい。石井さんが綴じたノートは素直に気持ちよく開く。
 
長年の創意工夫によって生まれ受け継がれてきたものづくりの知恵。ひとつのことを愚直に繰り返し長く続けることでやっと手にすることができる職人の技。効率性やコストだけを考えると、ないがしろにされたり、忘れ去られたりしてしまうことかもしれないけど、僕はそんな職人たちの知恵と技によって生まれたものに惹かれる。使うたびに心地よさとともに、心にときめきを与え、長く使うことでより愛着が深まる。トラベラーズが作るプロダクトも、できるだけそうありたいと思い作っている。
 
50年以上生きていると、必要なモノはすでにたいてい持っているし、新たに手に入れたいと思うモノはずいぶん少なくなってくる。だけど、その分今まで以上に、自分が好きで愛着の持てるモノに囲まれていたいと思うようになった。毎日使うような道具の中にも、特に愛着もなく、好きでも嫌いでもなくなんとなく使っているようなモノがある。それらを少しずつ心から好きだと思えるモノに差し替えていくことができたらいいなと思っている。例えば、旅先で一生付き合っていきたい相棒のような道具と出会ったりするように、自分にとっての理想的な愛着の持てる道具を探すことを、気軽なライフワークのようにゆっくり時間をかけて楽しめたらいいなと思っている。
 
トラベラーズファクトリーでは7月21日より、「トラベラーズファクトリーがおすすめする、手作りの道具たち」として、「るちゑ」、「椿井木工舎 ZweiWoodWork」、「pokune」の3つの作り手たちの道具を紹介します(京都では「出西窯」も)。みなさまにとっての愛着を持って使い続けたい道具との出会いのきっかけになれば嬉しいです。

20210718a.jpg