ボーダーレス
「最近、違和感を感じることが多いんだよなあ」
「そうそう。仕事を依頼するのもサーバーに入って申請ボタンをクリックして、って感じで、メールで自分の言葉を書く必要すらなかったりするし」
「それだと気持ちとか想いが伝わりづらいし、人の温かさみたいなものが希薄になっていくよね」
「その方が便利っていうけど、本当にそうなのかな」
「小さいときからネットやスマホがあるような人が増えていくと価値観も変わってくるんだろうね」
「スマホもネットも、僕らは大人になってから使うようになったんだよね。最初に電話のダイアル回線で、インターネットに繋げたときは自分の家が世界に繋がったみたいで感動したし、初めてiPhoneを手にしたときも、大人が楽しめるオモチャを手に入れたような気分になったんだよね」
そんな、きっと他でもよく語られているであろう、おっさん同士の愚痴の言い合いみたいな話を会社の同世代の人と話をしていたら、ふと自分が小学生のとき、先生が授業中に言っていた言葉を思い出した。
「私たちの世代は、東京タワーができたり、新幹線が開通したり、人類が初めて月に行ったり、世の中が劇的に進化するのを体験できたけど、あなたたちはそういう感動が少なくてかわいそう」それを聞いて、ちょっと反抗的な小学生だった僕は「なに言ってんだよ」なんて憤ったけど、同時にちょっとした悔しさを感じたのを覚えている。
そういえば、大学生の娘は、いまのところその大学時代のほとんどをコロナ禍のなかで、過ごしている。自分が大学生だった頃を考えるとやっぱりかわいそうだと思うけど、たぶんそう思われること自体が彼女にとってやりきれないことだと思う。
僕が就職した時代は、まさにバブル末期で、それ以降に入社してきている後輩から比べると入社のハードルはずいぶん低かったのは間違いない。そして仕事をはじめるのと同時にバブルは弾けた。
時代によって、経済状況やテクノロジー、生活習慣や文化的な背景は変わっていくものだから、世代間で価値観や考え方にギャップが生じるのは、当然だとは思う。だけどマーケティングでよくやるように、世代をカテゴライズして、その特徴を羅列し、レッテルを貼るようなことはやっぱり好きではない。世代だけでなく、人種や国籍もそうだけど、実際に一人の人として接すれば、ステレオタイプなイメージは邪魔になるだけ。当たり前だけど、人はそれぞれみんな違う。
トラベラーズノートは、決して万人向けのプロダクトではなく、人によって好き嫌いが分かれる類のプロダクトだと思っている。だけど、世代はもちろん、性別や国籍についてはできるだけフラットでボーダーレスな存在でありたいと考えて作っている。
もちろん、紙や万年筆長く馴染んできた年配の方と、予定の管理もメモもスマホで済ませてきた若者では最初にトラベラーズノートに向き合ったときの感じ方や使い方も違うかもしれない。だけど、革や紙の手触りの温かさや、真っ白なノートの紙面に向かってペンで何か書き留めていくときの凛とした心持ちは、世代を超えた普遍的なことだと思っている。
さらに、今はテクノロジーが進化することで、旅をしたり、人と直接会って話をしたり、何かに触れて感じたりすることが、デジタルの仮想現実に代替えされようとしている。テクノロジーの便利な面を否定する訳ではないけど、便利さと引き換えに心のストレスが増えたり、人と人の分断が進む要因になっているような気もする。だからこそ、手に触れることで想像力を喚起し、それぞれの好きを共有することで、分断ではなく人と人を繋げていく力があるトラベラーズノートの存在価値はより高まっていると僕らは信じている。
そういえば、先週書いたウクライナのお客様の続報を海外担当より聞いたので、共有します。
彼らは、昨年末よりウクライナで代理店としてトラベラーズカンパニーの商品を扱い始めている。そのインスタアカウントには、戦争が始まった2月24日の前日、23日に他の商品とあわせてトラベラーズノートの写真が上がっている。そのことでもウクライナの人たちにとって、翌日のロシアによる攻撃が予想外で突然のことだったということが分かる。その後、彼らが住むキエフの攻撃が激しくなり、ほとんど着の身着のままの状態で、家族でキエフを脱出し、ポーランドに入ったとのこと。
担当がメールで「何かできることがないか」と連絡すると、「仕事もできないし、ポーランドに知り合いがいたら紹介してほしい」と言われた。そのことをポーランドの代理店の方に連絡すると「なんとか彼らの助けになりたいから、連絡先を教えてほしい」と心強い返事をいただく。ポーランドの人たちにとっては、今回の戦争は他人事ではなく、ウクライナが自分たちの盾となり戦ってくれている、といった想いもあるようだ。僕らが今できることは少ないかもしれない。だけど、想像力を働かせて、そこに暮らす人たちのことを想い、彼らの無事と戦争が終わることをひたすら願うことも大切だと思います。
そんな中ではありますが、3月9日の夕方、公式サイトにトラベラーズの新商品情報をアップします。結局、僕らにできることは日々の仕事を粛々とこなしていくことくらいです。それでもこの新しいプロダクトもまたみなさんの想像力を喚起し、人と人をつなげていける存在になれることを切に願います。