2022年6月27日

デザインと言葉

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昨年9月に出版した「トラベラーズノートオフィシャルガイド」の中国語版が台湾で出版されることになった。
 
その計画については昨年末から聞いていて、そろそろ詳細が決まるのかなと思っていた5月に突然、中国語版のゲラが送られてきた。レイアウトは日本版を忠実に再現しているのだけど、そこに添えられた言葉はもちろん理解できない。念の為、中国語が読めるスタッフにざっとチェックをしてもらった上で、「問題ないですよ」と返事を送った。
 
コピー用紙に出力された中国語版のゲラを眺めていると、ちょっと不思議な気分になるのと同時に日本語が分からない外国人が日本語版のオフィシャルガイドを見たときは、こんな風に見えたんだなと思った。
 
この本は、ほとんどすべてのページに写真が掲載されている。ページをめくるたびに現れる、たくさんの方のトラベラーズノートの紙面とその方の写真に、チェンマイの工房や流山工場、プロダクトの写真は、眺めているだけで僕自身ワクワクしてくる。意識的かどうかは別にしても、この本は文字を読まなくてもただ眺めているだけで、伝えたいことの多くが伝わるように構成されている。
 
トラベラーズノートもまた、そういうプロダクトでありたいと思っている。傷が所々にあるような切りっぱなしの革を簡素なゴムで留めただけのシンプルな造り、手に持ったときにしっくりと馴染む長方形の形やどこか懐かしい素朴な味わいのある錫製の留め具に中に挟まれた真っ白な紙のノート。
 
ひと目見ただけで感じることができる自由な空気感や親密な温かさこそが、このノートの一番の魅力だ。さらに実際にそれを手にしてみれば、使いやすそうとか、こう使ってみたいという想像力が生まれてくる。

実際にトラベラーズノートを使い込んでくれている方にお会いして話を聞いてみると、「売り場で出会ったとき、一目惚れみたいに感じて、これだって思ったんです」と伝えてくれる方も多い。僕自身も最初にサンプルを手にしたときに、同じように思ったので、この気持ちはよく分かる。
 
それこそまさにデザインの力であり、本来であれば、そこには言葉なんて必要ないのかもしれない。だけど、トラベラーズノートはそのネーミングから始まり、そこに言葉を与えていくことを意識的に行ない、その世界を作ってきた。

トラベラーズノートのパッケージの帯には、小さな文字で長々と言葉が綴られている。しかもそれは商品説明というにはどこか抽象的でどんな商品なのかは分かりづらい。もちろんそこには僕なりの意図がないわけではないのだけど、それよりトラベラーズノートの佇まいがそう書かせたと言う方がしっくりくる。僕はただ、トラベラーズノートが訴えかけてきたメッセージに導かれるように、言葉を綴った。
 
帯の文章だけでなく、その後毎年発行しているトラベラーズタイムズも、ダイアリーに封入しているガイドに、このブログだって同じだ。トラベラーズノートに誠実に向き合うほどに、そこからメッセージが浮かび上がり、さらに心の奥に隠れてた個人的な記憶さえも掘り起こしてくれた。僕はそうやって浮か上がってきた言葉を綴った。だけど、プロダクトにとって、言葉はなくてもかまわない添え物であるとも言える。

4月にリリースした限定セットなどのプロダクトはもちろん、トラベラーズタイムズやダイアリーガイドだって、「トラベラーズノートオフィシャルガイド」と同じように、そこに添えられた言葉を読まずともそのデザインを眺めるだけで、伝えたいことの多くは伝わっていると思っている。

例えば、ニック・ドレイクのアルバムに針を落せば、英語の歌詞を理解できなくても、音が鳴り出した瞬間に世界はメランコリックな空気に包まれていく。凛としたギターの音色とつぶやくような歌声で奏でられる切ないメロディーが、叶わなかった夢や失った愛の記憶を思い出させてくれる。だけど、その曲の歌詞を日本語に訳して深く読み込んだ上で、あらためて聴けばメランコリックの先にある微かな光を明示し、それまで以上に深く心に染み込んでくることがある。デザインに添えられた文章も、そんな存在であればいいと思っている。
 
「トラベラーズノートオフィシャルガイド」では、わがままを言って僕の文章を掲載してもらっているしそれぞれのユーザーの方々のトラベラーズノートへの思いがたくさん綴られている。中国語版が出版されることで、台湾の方をはじめ世界中のよりたくさんの方々にその言葉に触れてもらえたら嬉しいな。
 
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