寝台列車の旅
毎年の夏の定例行事として、最近、トラベラーズタイムズの制作をしている。17号となる今号は、4月にトラベラーズホテル、エアライン、トレイン、レコードをテーマにしたトラベラーズノートをリリースしたこともあって、それらの架空のホテルやエアラインなどを利用しての旅を想像してもらえたらいいな、というようなことをテーマに現在、鋭意制作中です。
僕はテキストを主に担当しているのだけど、まずはそのテーマに沿って少ない脳みそを総動員しながら想像力を働かせるのと同時に、これまで自分がトラベラーズノートに描いた絵日記やこのブログに書いたことを読み返して、その内容を参考にして書くことが多い。ものづくりに限らず、イベントや企画ごとでも何か新しいことをするときには、その瞬間に頭を巡らせたり、体を動かす瞬発力が必要だけど、それと同時に、今まで日々愚直に積み重ねてきたものが役に立つことが多い。
トラベラーズノートに日々の記録や想い、アイデアなどを綴りながら、小さなアプトプットを継続していくということは、いつかそれを眺めて懐かしく思い出を振り返るためだけではなく、未来に新しい何かを作ったり、何か行動したりするための推進力となるエネルギーや、その骨格となる材料を日々蓄積していくようなことでもある。そうやって蓄積してきたエネルギーが時間を経て熟成されることで強い推進力を生むことがあるかもしれないし、材料が磨かれ続けることで宝石のような輝きを放つこともあるかもしれない。
いや、今回のトラベラーズタイムズの制作中に、そんな特別な推進力や輝きがあったという話でない。トラベラーズトレインのことを考えていたら、その食堂車はどんな感じなんだろうと思い、ふと、ずいぶん前にバンコクからチェンマイに行く際に、寝台列車に乗ったことを思い出したのだ。
で、早速このブログを検索してみると、2009年の12月。乗ったのは今から13年前のことだった。自分が寝台列車に乗ったのは、今まで3回しかなく、その中でもこのチェンマイ行きの寝台列車が、食堂車を利用した唯一の経験だった。ブログには食堂車のことは書いていなかったけど、そのときのことを鮮明に思い出すことができた。
そもそも飛行機ならバンコクからチェンマイまでは1時間程度で行けてしまうのに、わざわざ14時間もかかる寝台列車で行ったのは、単純に乗ってみたいという興味があったのとあわせて、その旅のことを、当時制作していたトラベラーズプレスというリトルプレスの記事にしようという目的もあった。
昔の上野駅を思わせるような、懐かしい旅情を感じさせるバンコクの玄関口、ファランポーン駅を夕暮れ時に出発して、朝にチェンマイに到着する。電車に乗ると、予約していたコンパートメント付きの1等寝台に、デパ地下で買ってきた食事を並べて、ちょっと贅沢な夕食をとった。だんだん外が暗くなるとあわせて、都会を離れてひと気の少ない田園地帯に変わっていく。列車の窓からは、蛍の光のようにぽつんぽつんと灯る家のあかりが見える。僕らはガタンゴトンと鳴る電車の音をBGMに遅くまでタイのビールを飲んで話をしながら、寝台列車の夜を楽しんだ。
朝、空がぼんやり明るくなったところで目が覚めと、寝ぼけまなこで横になりながら顔だけ車窓に向けて、まどろみの中で少しずつ朝日現れてくるのを眺めた。朝日がすっかり顔を出して、本格的に朝がはじまるとスタッフが配達してくれたおかゆの朝食をいただく。その後、電車の中を探検しようと、2等寝台に座席が倒れない3等席を渡り歩いていくと、最後尾に食堂車があった。朝食はすでに食べていたので、コーヒーをオーダー。窓を開けて風をいっぱいに浴びて、タイの田舎の田園風景を眺めながらコーヒーを飲む。コーヒーは煮詰まったような味で、決しておいしいとは言えないのだけど、それでも満足だった。
13年前の寝台列車の旅を思い出しながら、頭の中にトラベラーズトレインの食堂車を思い描き、トラベラーズタイムズのための絵を描いた。雰囲気は、あのときコーヒーを飲んだ食堂車とはずいぶん違うけれど、こんな食堂車でのんびり時間を過ごしたいと思いながら描いていると、あのときのワクワクした気持ちを思い出した。
先週ちょっとした用があって、チェンマイの工房に電話をして、ひと通り仕事の話が終わると、もう3年間も行けてないし、そろそろチェンマイに行きたいな、と僕は願望も込めてつぶやいた。チェンマイでは、最近は少しずつだけど観光客も戻りつつあるようで、ぜひ来てください、いつ頃になりそうですか?と現実感のあるトーンで答えてくれた。
ちょうど食堂車の絵を描いた直後だったこともあり、今度チェンマイに行くときには、寝台列車に乗っていくのもいいな、と思った。