2022年10月24日

OTHER MUSIC & TRAVELER'S FACTORY

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先日、トラベラーズファクトリーで11周年ライブを開催してくれた山田さんが強くすすめてくれたので、映画『アザー・ミュージック』を観た。ニューヨークにあった伝説的なレコードストアが社会情勢や音楽業界の変化によって、21年間の営業を終え、閉店していくまでを描いたドキュメンタリー映画だ。
 
まずこの店名がイカしてる。はす向かいに巨大レコードチェーンの大型店舗、タワーレコードがあったので、そこにはない音楽を扱っているということで、この店名が付けられた。メインストリームのメジャーとは違う音楽、つまり売れ筋ではないアンダーグラウンドの音楽ばかりを扱うのは、音楽に対する愛が強いからで、売れるかどうかより、自分たちが好きで本気で良いと思える音楽をお客さんに届けたいという思いが一番の動機になっている。さらに音楽が好きだからこそ、今まで聴いたことがないような素敵な音楽を見つけたいという探求心や、音楽カルチャーやミュージシャン、音楽ファンに貢献したいという献身的な思いがある。
 
その扉を開けると、異次元の世界が広がっている。細かい文字で愛に溢れた言葉が綴られたレコードの手書きPOPに、「IN」や「OUT」、「THEN」など一見どんな意味か分からない独自のテーマでジャンル分けされた棚、そして壁にずらりと並ぶマニアックなレコード。音楽愛が強すぎる故に、くせのあるスタッフたちはそれぞれ得意分野があってこだわりも強い。だけど、偉ぶることもなく真摯に話を聞きながら、それぞれのお客さんが気に入りそうなおすすめのレコードを紹介していく。
 
スタッフの一人がこの店、自分たちスタッフ、さらにお客さんを「はみだしもの」と言っていたのが印象的だった。大勢の人と共有できない変わったものを偏愛する「はみだしもの」がイキイキと仕事をし、リアルなコミュニケーションをとりながら、「はみだしもの」が集まり、同じ価値観を共有できる愛と心地よさに満ちた空間を作っていく。
 
彼らの音楽愛が濃密に感じられたのが、インストアライブのシーンで、得に印象的だったのが僕の好きなバンド、ニュートラルミルクハウスが鈍臭い姿で、だけどずしり心に響く声で歌っていたシーンと、全く知らなかったゲイリー・ウィルソンというアーティストのライブだった。
 
ゲイリー・ウィルソンはライブが始まるまで、緊張しているのかずっと裏に隠れて、カーテンの隙間から店内を覗いていたけど、はじまると同時に、おもちゃの紙製のサングラスをつけて登場し、ベビーパウダーを瓶ごと頭から体に振りかけて歌う。冴えないおじさんが実に奇妙でくせのあるやり方で、神がかったような素敵な音楽を奏でる。僕は思わず涙が出てしまった。
 
そんな新しい音楽文化を作り、地元の人のみならず世界中の音楽好きの人たち愛された場所が閉店に向かっていく終盤は、胸が痛くなる。ネットの普及によりマニアックな音楽情報の共有が簡単になったのとあわせて、何よりSpotifyなどのサブスクの登場によって、アルバムを買うという行為が減ったことに大きく影響を受けてしまう。音楽を聴くのに、お店で売っているようなフィジカルな物体は必要なくなってしまうのだ。
 
まず、はす向かいにあったタワーレコードが倒産。その後レコードブームという追い風はあったけれど、その売上では高い家賃とスタッフの給料を補うことができず、2016年に閉店に追い込まれる。
 
映画を見ながら、11年続けてきたトラベラーズファクトリーのことを思わずにはいられなかった。最近は11周年ライブとあわせて、山田さんのトラベラーズレコードストアを開催したり、山田さんとのコラボリフィルのために、トラベラーズファクトリーがレコード屋だったらというイラストを描いたこともあったし、ニューヨークのアザー・ミュージックの物語がどこか他人事のように思えなくなっていた。
 
トラベラーズファクトリーは、トラベラーズノートを手にすることで広がった僕らの好きなコトやモノが詰まった空間だ。文房具屋と言うにはその品揃えに偏りがあるし、どんな店かとカテゴライズすることができない、OTHERの店と言える。だいたいトラベラーズノート自体が、くせのある、はみだしもののようなノートだ。だけど、そんなはみだしものを愛するスタッフによって運営され、その愛に共感してくれる方々に支えられている。
 
僕らは品揃えのラインアップを決めるときに、それが売れるかどうかよりも、それがトラベラーズらしいかどうか、それが好きでここに置きたいかどうかまずは考える。この場所に存在する意味を見出せないものは、どんなに売れようが置かない。むしろ、多くの人が知らないかもしれないけど、多くの人にとっては必要ないかもしれないけど、トラベラーズノートを使っている人だったら、好きになってもらえて、暮らしが楽しくなりそうなものを置きたいと考えている。
 
スタッフだって、みんなノートが好きだけど、フィルムカメラだったり、絵を描くことだったり、紙ものだったり、得意分野もいろいろで、怒られちゃうかもしれないけど、ちょっと変わった人たちが多い(もちろんいい意味でね!)。
 
映画でレコードが売れなくなっていくシーンを見ながら、僕はコロナ禍のことを思い出した。休業したり、お客さんが少ないなかで、判で押したように、これからはオンラインに力を入れるべきだと言われ、今だって世間ではライブコマースとかメタバースなど、オンラインでリアルな体験を提供することを推奨されている。
 
そんな状況を否定するわけではないけれど、巨大オンラインショップがますます便利になる中、それほど単価が高くない、万人向けでない商品を地価が高い東京で店を構えて売ること自体が、効率の悪いビジネスになっているのかもしれない。だけど僕らにとってリアルな場を持つことは、効率性などでは測れない大きな意味を持っている。
 
アザー・ミュージックが営業を終え、レコードが既に搬出されたガランとした店内で、什器や棚が運び出されていくシーン。屈強そうな男たちがズカズカ店内に入り、棚をバタンと倒すと、トラックに積めるように、ハンマーを使って壊していく。オーナーは「作るのは大変だけど壊すのは簡単だな」と半笑いで言い放つと、悲しそうな表情に変わる。
 
僕は、思わずトラベラーズファクトリーのそんな場面を想像してしまった。もちろん今のところ、そんな予定はない。僕らははみだしものだから、僕らのやり方はこれからの時代は効率が悪いなんて言われるほどにむしろムラムラとやる気が満ちてくるし、僕らが好きなモノやコトが求められなくなったら潔くやめるだけだ。「アザー・ミュージック」の物語を観て、むしろ僕らのやり方は間違っていないと勇気をもらったような気分になった。
 
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