2022年11月28日

追い込まれて

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「私もそうだけど、夏休みの宿題をぎりぎりにやるタイプじゃないですか?」
トラベラーズチームの仲間のひとりが僕に向かって同意を求めるように言った。

「うん、そうだった。追い込まれないとがんばれないタイプなんだよね」僕はそう答えながら、ふと、小学生の頃のある夏休みの記憶が頭に浮かんだ。夏休みを過ぎても宿題を終えることができず、休み明けの初登校日は、宿題を家に忘れたことにして切り抜け、友人になんとか頼み込んで教えてもらったドリルの答えを、その日の夜に、親に隠れて家で書き写した。

たぶん小学校の3年か4年生くらいのことだと思うのだけど、鉛筆を走らせて答えを写しながら感じた情けなくやりきれない気持ちは、今でも実感とともにリアルに思い出すことができる。

「追い込まれたときこそ、火事場の馬鹿力みたいなパワーでいいものができたりするんですよね」と言う彼女に「そうそう」と答えながらも、追い込まれてズルをすることで難を逃れた思い出は、あえて口にしないでやり過ごした。

石川啄木の『ローマ字日記』という本がある。
他の人(特に奥さん)に読まれないように、当時は読める人が少なかったローマ字で綴られた日記だ。(本はローマ字とあわせて日本語も併記されている)

函館に暮らす妻子を置いて、東京に一人出て新聞社で働きながら文学者を目指す啄木は、仕送りもせず、なけなしの金で女を買ってしまったとか、タバコ代がなくて会社をサボったとか、どこそこの女が気になるとか、創作に苦悩しながらも自堕落に過ごす日々が赤裸々に綴られている。
 
そういえば、英語で(さらに読みづらい筆記体で)日記を書いているファクトリーのスタッフがいるのだけど、彼女いわく「これだったら電車でもまわりを気にせず書けるんです」と言っていて、書かれている内容は別にしても、ローマ字日記と同じようなものかもしれない。

僕は中学生の頃、この『ローマ字日記』を読んだ。たぶん、テストが近いときだったと思う。差し当たりテストに役立つ本ではなかったけど、追い込まれながらも自堕落なことを選択してしまう啄木に共感していたのかもしれない。近づいてくるテストに追い込まれていた僕は、『ローマ字日記』を読んで、ふと、ひとつのアイデアが浮かんだ。

まず、当時使っていたカンペンケースをプラモデル用の塗料で全体を薄いグレーに塗る。次に、Aは△、Bは□、Cは●みたいにすべてのローマ字を示すオリジナルの記号を考える。そして、覚えなくてはいけない英単語の綴りをこの記号で塗装したカンペンケースに書き込む。そうやってできあがった、象形文字のような記号がびっしりと記された不思議なデザインのペンケースを教室に持ち込んでテストに臨んだ。
 
テスト中に先生が不思議そうに手に取ってドキドキしたことは今も思い出すことができるけど、それが実際にテストの役に立ったのか覚えていない。ただ覚えるよりもよっぽど時間も手間もかかる割にはカンペンケースに記せる単語もそれほど多くないし、何度かやるうちに先生にもバレそうな気もして、結局それ以降、同じことをすることはなかった。

今思えば、子どもの頃の僕は追い込まれるとなんとかズルをして怠けようとする傾向があった。成長するにつれて、そういうことをすると、さらに追い込まれることになったり、別の問題が生まれたりして、たいていより面倒なことになるのを知るのだけど、子どもはある種の正しくないことを経験しながら、世界の見方を学んでいくものだ。

大人になって、がんばったことがダイレクトに誰かに喜んでもらうことに繋がった経験をして、さらにその喜びを仲間とともに分かち合うことで、自分なりの正しさみたいなものを少しずつ獲得していくことができた。
もちろん僕はそれほど強い人間ではないから、今でも怠けたり、ズルをしてしまうこともあるし、何が正しくて、何が間違っているかなんて、はっきり区別できるものではないと思っている。それでも少なくとも自分なりのゆずれない部分については、誠実でありたいと思っている。

ただ追い込まれないとなかなかアクセルが全開にならないし、追い込まれても英単語を覚えるよりも、暗号文字を考えたり、カンペンケースを作るような、本来まずやるべき課題とは違うことを(ズルという意味ではなくてね)をついがんばってしまう傾向は今でもあって、それはもう性分のようなものだと思っている。

このブログを毎週チマチマと更新しているのもそういうことのひとつかもしれない。今日だって書くことがないからって、自分の恥晒しでしかないどうでもいいことを書いているし。それでもブログは読まれる前提で書いているから、逆に誰も読めないように、自分で作った暗号文字でトラベラーズノートに『ローマ字日記』みたいにもっと恥を晒したドロドロした心の中の想いを赤裸々に綴ってみるのもおもしろいかもしれない。

石川啄木みたいな有名人でもないから、死後、ご丁寧に読みやすく翻訳した上で出版されて、衆目に晒されるなんていう危険もないだろうし、逆にゴッホみたいに死後にそれが評価されて、たくさんの人に読んでもらったりして。

さて、もうすぐ11月も終わり、今週には12月がやって来てしまいます。いよいよ今年も追い込みの季節です。さらにクリスマスももうすぐということで、東京駅前の丸の内ではライトアップもはじまって賑やかになってきました。トラベラーズファクトリーステーションでおすすめのギフトを探した後には、外に出てイルミネーションを眺めながら、日比谷あたりまで歩いてみるのもいいかもしれないですね。また今週末には中目黒でビクトリノックスのカスタマイズイベントも開催します。みなさまぜひ。

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