2023年1月16日

ONE DAY TRIP Jan. 2023

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 僕自身は元気で体調も問題なかったのだけど、訳あって先週の月曜から土曜までずっと家にいた。

 その間は在宅勤務で、朝はゆっくり8時に起きてご飯を食べて、9時から仕事。規則正しく12時に昼ごはんを食べて、13時から夜までまた仕事。それから夕食を食べて風呂に入ってらテレビを見て寝る。それを家から出ずに5日間続けた。

 まるまる一週間の在宅勤務は初めてだったので、最初はどうなることかと思ったけれど、やらなきゃいけない事務処理に、ひとりで進められる仕事もあるし、それに毎日図ったようにちょっとした問題が発生し、その対応にバタバタしているうちに、あっという間に夜になってしまう。夜は夜で、最近見始めたネットフリックスの長いドラマの続きが気になって、つい夜中まで見続けてしまったりして、5日間のステイホームは意外と苦もなくあっさり過ぎていった。

 もともと出不精で怠け者の気質があるからか、こういう生活も悪くないとすら思ってしまって、逆にそのことに危機感を抱いて、久しぶりに外出ができる日曜日は、まずは少し足を伸ばして調布市文化会館の「つげ義春と調布」展へ行ってきた。

 ここでも何度か書いているけど、僕はつげ義春の漫画が好きでずっと愛読している。つげ漫画との出会いは中学生の頃で、当時暇があると通っていた図書館で見つけたのが最初だった。図書館には基本的には漫画はほとんど置いていないのだけど、「火の鳥」や「はだしのゲン」などと並んで、わずかに置かれていた漫画のラインアップの中につげ義春の漫画があって、その中の「ゲンセンカン主人」に衝撃を受けた。

 冴えない中年男性の主人公が、死んだように静かな寂れた温泉街を訪れる。まるで黄泉の国にあるかのような雰囲気が漂う年寄りしかいない駄菓子屋で天狗のお面を買うと、「あんたはゲンセンカンの主人にそっくりだ」と老婆に言われ、彼がゲンセンカンの主人になったいきさつを教える。

 その男は主人公と同じように温泉街にふらりとやって来て、やはり天狗のお面を買って、今にも潰れそうな温泉宿、ゲンセンカンに泊まる。宿にはその男以外に客はいない。質素な夕食を食べてから温泉に入ると、宿の女将であるふくよかな中年女性がお風呂に入っていること気づく。最初は気を遣ってすぐに出ようとするけれど、男がいるのに全く気にしないで湯に浸かる彼女に欲情してしまい、結局結ばれてしまう。その後、男はそのまま宿に居着き、ゲンセンカンの主人になった。

 老婆からそんな話を聞いた主人公は、年寄りたちが止めるのを振り切り、ゲンセンカンに向かう。最後は嵐のなかで、ゲンセンカンの前で主人と向かい会うところで物語は終わる。

 緻密に描き込まれた寂れた温泉街の風景が、なんともいえない孤独と旅情を感じさせ、おどろおどろしく幻想的で、色っぽさもあって、中学生の僕は、見てはいけないものを見てしまった気分になり、心にずしりと重たい石を投げ入れられたような深い印象を与えた。その後、図書館にあった本だけでは飽き足らず、ちょうど文庫本で出版されたばかりの氏の漫画を買い足しながら読み続けた。

 田舎の寂れた路地裏やひなびた温泉宿などの風景に親しみや憧れを抱くようになったのは、氏の漫画からの影響が大きいと思うし、ぼんやり抱いていたどこかに消えてしまいたくなるような厭世観を、リアルに共感を感じる形で表現してくれることで、救われたような気持ちになることも多かった。

「つげ義春と調布」展では、生々しさを感じるくらい緻密に描き込まれ、何度も修正された跡がある、黄ばんだ複製原画や執筆当時の写真がたくさん展示されていた。「これは好きな話だな」とか、「この後に屋台の焼きそば屋を手伝って、帰り際に売上金から300円だけくすねるんだけどそこがいいんだよなあ」とか、それらのストーリーを思い出しながら一枚ずつゆっくり見入った。

「つげ義春と調布」展の後は、青山に移動してスパイラルで開催しているMDノートの15周年のイベントへ。さらにその近くで開催している元ACE HOTELのマギーさんによるヴィヴィアン・ウエストウッドの追悼展示を見に行った。

 ファッションには疎いから詳しいことは知らないけど、ヴィヴィアン・ウエストウッドは、あのセックス・ピストルズのマネージャーだったマルコム・マクラーレンと共にファッションからロンドンパンクに大きな影響を与えた人であり、その後も死ぬまでそのラジカル姿勢を変えなかった。

 ヴィヴィアンに思春期の頃から憧れ、ニューヨークではショップでも働いていたマギーさんによる展示は、壁中にヴィヴィアンのポスターや古着が飾られていて、彼女の少女時代の部屋のようだった。会場ではマギーさんがシャンパンをご馳走してくれ、ヴィヴィアンの思い出を語ってくれたりして、久しぶりにゆっくり話せたのも嬉しかった。

 その後は、この日はちょうどアアルトコーヒーの庄野さんが来てコーヒーを淹れているということで、代々木公園のカフェ、mimetへ。チーズケーキとコーヒーをオーダー。本当はフルーツがたっぷりのっているプリンか、パンケーキが食べたかったけど、庄野さんがいるのでなんとなく恥ずかしいような気がして、チーズケーキにした。

 だけど、庄野さんが淹れてくれたコーヒーはやっぱりおいしいし、忙しそうな合間を縫ってお話もできて、楽しい時間を過ごすことができた。最後に、2月5日のトラベラーズファクトリーでのカフェイベントをよろしくお願いします、と伝え、mimetを後にした。

 家でだらだらするのも悪くないけれど、やっぱり町に出た方が楽しいな、そんなことを思いながらワンデイトリップを終えた。

 MD15周年イベントとヴィヴィアン・ウエストウッドのインスタレーションは、この日が最終日だったけど「つげ義春と調布」展は1月22日までの開催です。つげファンの方にはおすすめです。mimetは、庄野さんが焙煎するコーヒーはもちろんだけど、料理もおいしそう。お近くに行かれた際はぜひ。

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