発売日
新商品発売の前日。閉店間際のトラベラーズファクトリー中目黒へ行く。するとスタッフから、お店の前に置いてあるベンチが壊れそうなので見てほしいと言われたので、まずはベンチを修理することにする。とは言っても時間も材料もそれほどあったわけではないので、裏側に板をあててクギで打ちつけただけの応急措置でしのぐことにする。このベンチはオープンのときに古道具屋から買ってたものなので、もともと中古だったし、それからトラベラーズファクトリーでたくさんの方が腰をかけて、さらに11年以上に渡って雨や雪、夏の太陽にさらされて、だいぶくたびれてきたみたいだ。後でちゃんと本格的に修理をしないといけないな。
慣れない大工仕事でちょっとした疲れを感じたなかで、続いて、翌日から発売するトラベラーズノート オリーブや新しいリフィルを正面のテーブルに並べていく。平台にはまだスペースがあったので、あわせてトラベラーズノート オリーブと一緒の旅や街歩きに使ってほしいバッグも並べることにする。バッグはいつも平台の上の天井から麻紐で吊るした棒にひっかけて陳列している。そこは手が届かないので、靴を脱いで丸イスの上に足を乗せて高い位置から、棒にバッグの持ち手を留めていると、イスが傾きバランスを崩してしまう。反射的に思わず棒を掴むと、棒に縛り付けていた麻紐があっさりちぎれて、イスが倒れるのとともに床に転げ落ちてしまった。
イスが傾いてから床に落ちるまで、きっと1秒もなくて0.5秒くらい。その瞬間、「大怪我しないといいなあ」とか、「死んじゃうのかな」とか、「頭を打たないようにしないと」とか、いくつかの考えが意外と冷静に頭の中に浮かんだ。自転車でころぶときもそうなんだけど、「ああ、これは転ぶな」と自覚した瞬間から転ぶまでの間(これもきっと1秒もないのだろけど)、頭の中は冷静で、けっこういろいろなことを考えているような気がする。
とにかくストーンと床に転げ落ちると、一緒に並べていたスタッフはびっくりした表情で駆け寄り、床でうずくまっていた僕に声をかけてくれた。だけど、なかなか激しい落ちっぷりだったのに、ころんだ後に体の状態を確認してみると、どこにも傷はないし、それほど痛みも感じない。ころんだときは、恥ずかしさもあって、多少痛くても「大丈夫、大丈夫」と平静を装いがちだけど、このときはそんな強がりをする必要もなく、ほんとうに大丈夫だった。
ただ、落ち着いて考えてみると、打ちどころが悪かったら最悪の事態になっていたかもしれないとも思えてきた。「いやー、これで打ちどころが悪くて俺が死んでいたら、せっかくの新商品の発売日なのに、明日ここは休みになるのかな」と呟いた。すると、「あたりまえじゃないですか!気をつけてくださいね」とスタッフにたしなめられた。「だけど、それでも東京駅と京都と成田は普通に営業するのかな」とさらに僕が言うと、「そっちは営業するでしょうね」と彼女は冷静に答えた。当たり前だけど、僕がいなくなっても世の中は動いていく。まあ、そういうものだ。
「これで死んでいたら殉職ってことになるんだな。『太陽にほえろ』の刑事みたいだな」と今度は心の中で思った。自分も仕事をはじめて30年が過ぎて、もうすぐ54歳になるし、トラベラーズノートは発売して17年を超えて、トラベラーズファクトリーはオープンして11年と半年。店の前に置かれたベンチと同じようにいろいろなところにガタがきているのかもしれない。そういえば、最近は老眼と薄毛に加えて足元がおぼつかなくてころびそうになることも多い。いろいろ気をつけないといけないのかもしれないな。
前夜に中目黒で、そんなちょっとしたトラブルがあったけれど、トラベラーズファクトリー各店では、無事トラベラーズノートの新商品の発売を迎えることができた。これらの新商品だって、企画をはじめてから発売に至るまで、ある程度予想していたことから、まったくの想定外のことまでさまざまなトラブルがあった。そのたびに、バンコク近郊の革のなめし工場、チェンマイの工房、そして、流山工場のみんながバタバタとリカバーしてくれて発売日に間に合わせてくれた。だから、こうやって発売日を迎えるときは、これまでのトラブルや想定外の事態が頭に浮かびながら、一緒に作ってくれたみんなに感謝をするとともに、無事に発売日を迎えることができたことにまずはほっと安堵する。
今回は久しぶりのトラベラーズノートの定番ラインアップの発売ということで、ゆっくり長く向き合ってほしい商品たちです。少しずつこちらでも、僕なりのそれらの使い方などを紹介していきたいと思います。とりあえず先週より、リフィルを1冊だけ挟んでラフに使っているオリーブのパスポートサイズはお尻の形にあわせて中のノートとともに丸まってしまっているけど、これはこれでいいなと思っている。これからもっとラフにガシガシ使っていこうと考えています。
話は変わって、日曜日は夕方からBSフジで放送の東京会議の収録で、東京タワーへ。個人的にはぐだぐだでしたが、ハシモトと流山工場のみんなのおかげで東京を歩くためのいい感じのトラベラーズノートができました。ぜひ楽しみにしてください。詳しいお話はまた後日こちらでも報告したいと思います。