自転車で所沢へ
ゴールデンウィークということで、自転車での日本一周の続きで、新潟から佐渡島にでも行こうと思って調べてみたら、宿はまったく空いていない。それもそのはずで、思い立って宿を調べたのがつい先週のこと。昨年はそんなタイミングでも宿がとれたけど、今年のゴールデンウィークは状況がぜんぜん違うようだ。どこへ行っても混んでそうだけど、5日間の休みをずっと家にいるのも落ち着かないので、近場を自転車でうろうろすることにした。
行き先は所沢。なんで所沢にしたかというと、自宅から40、50キロくらいの場所で探していたら、たまたま安く快適そうな宿が予約できたから。特に行きたい理由があったわけでもないし、特別な思い入れもない。だけど、目的がない旅の行き先を、ルーレットに玉を投げ入れるみたい決めるのもいいかなと思った。それでも、休み前に「ゴールデンウィークに所沢に行くことにした」と何人かに言うと、新しくできた美術館や航空記念館などを、おすすめの場所として紹介してくれた。正直言うと、それほど強く勧められたわけじゃないけど、他にやることもないので、たいした期待をせずにそこにも行ってみようと思った。
そんなわけで連休の初日、5月3日の夕方に家を出て、この日は、大塚のカプセルホテルに泊まる。大塚までは自宅から自転車でわずか1時間ちょっとで、いつもの通勤とたいして変わらない距離なんだけど、泊まりというだけで旅気分。心は開放感に包まれながら自転車を走らせた。
翌日は、チェックアウト時間ぎりぎりの10時に宿を出ると、大塚駅近くのロイヤルホストでモーニング。ドリンクバーを何杯もおかわりして、ゆっくり朝食を取ってから所沢に向かう。天気は快晴でまさに自転車日和。ペダルを漕ぐ足も心なしか軽く、快調に自転車を進めていく。しばらく強い日差しの下を走り続けると、乾いた喉を潤そうとデニーズで休憩をとることにする。ドリンクバーとあわせて、思わず季節限定のメロンパフェをオーダー。旅先では解放感からか、普段なら頼まないようなちょっと恥ずかしいメニューも躊躇なくオーダーしてしまうのだけど、それもまた旅の楽しさ。
15時ごろ最初のおすすめの場所、角川武蔵野ミュージアムに着く。現代アートのコレクションの展示があったので、それを見ることにする。冷房の効いた薄暗い会場に、キース・ヘリング、アンディ・ウォーホルから奈良美智、会田誠などの錚々たる作品が並んでいる。疲れた体を休めるように、時間をかけてゆっくり素晴らしい作品群を眺め、贅沢なひとときを味わった。
続いて、航空記念館へ。ここは成田空港の近くにある航空博物館みたいだ。本当はフライトシュミレーターをやってみたかったけど、子供が何人か並んでいたので遠慮した。記念館を出て、さらに近くに何かないか調べてみると、「みうらじゅんFES マイブームの全貌展」というなんとも魅力的な展示が開催させれているのを発見。三つ星高級料理から子供向けのスナック菓子を挟んで、B級グルメみたいな展開だけど、みうらじゅんは、ジョー・ストラマー、ニール・ヤング、つげ義春、車寅次郎などともに、師と仰ぐ存在のひとり。あまりにも出来過ぎな偶然に興奮しながらも、この日の終了時間まであと15分しかないことに気づいた。そんな短時間ではもったいないと、この日は宿に入り、翌日オープンと同時に見ることを決める。
さて、翌日。所沢駅のコメダ珈琲でモーニングの朝食をとると、所沢市民文化センターへ。駐輪場に自転車を停めて、会場まで足早に向かうと、オープンの時間を10分しか過ぎていないのに、すでに会場はたくさんの人で賑わっている。早速チケットを購入し、その賑わいの中に紛れ込んだ。
展示は、みうらじゅんの歴史を詰め込んだような内容で、子供の頃に制作したという怪獣や仏像のスクラップ、手書きの壁新聞に自作漫画やエッセイ集から、ボブ・ディランに憧れて録音された自作自演曲のカセットテープ、クロッキー帳に書かれた膨大なイラストに、高校時代の夏休みに行った隠岐ノ島の乗船券や2浪して入学した美大の受験票、栗田ひろみのブロマイドまで、当時のままの生々しい姿で残されているのもすごい。小学生の頃から続く創作意欲と収集癖、記録魔の気質を垣間見ることができた。
もちろん、みうらじゅん命名のもらったら困るお土産「いやげ物」もたくさん並んでいる。金ぴかの名所旧跡の模型「金プラ」や、カエルや女神など変な形の栓抜き「ヘンヌキ」、変な掛け軸「ヘンジク」、観光地の絵ハガキセットに1枚は入っている名所でもなんでもない制作意図不明なカスのような絵ハガキ「カスハガ」など、ひとつずつ眺めていると、思わず笑ってしまったり、意外な良さに気づいたりして楽しい。さらにカニがデカデカとのっている旅行パンフレット「カニパン」、裏がマグネットになっていて冷蔵庫にくっつけられる水道屋さんなどの広告「冷マ」などの一見なんの価値もないようなものもたくさん集まると、深い意味があるように思えてくる。「冷マ」なんて、2台の冷蔵庫にびっしりと付けられていた姿は、まるでモダンアートのような佇まいを醸し出している。
スクラップから膨大なイラスト、コロナ禍の始まりと共に描き始めた「コロナ画」など、氏の作品もたっぷり見ることができる。ライフワークのように40年以上に渡り制作を続けているというエロをテーマにしたスクラップも、そのすべてが棚に並んでいた。コンプライアンスのためか、残念ながら中を開いてみることはできなかったけれど、700冊以上という膨大な量のコクヨのスクラップブックが背表紙を見せて並ぶ姿は圧巻で、氏の飽くなき執念を感じさせた。内容はともかく、使い終わったトラベラーズノートのリフィルが並ぶ姿を想像してしまう。
さまざまなテーマで思うがままに切り貼りされたスクラップに、イラストが描かれたスケッチブック、和綴じで自家製本された手書きの本も、ぜんぶパーソナルな愛に溢れ、自由でクリエイティブ。紙がすっかり黄ばんだ佇まいは、温かさと歴史を感じさせてくれる。まるでトラベラーズノートの理想的な使い方みたいだと思った。
いやげ物、冷マなど一見つまらないものに焦点をあてておもしろがったり、看板やロゴなどに記されるSINCE 1969などの「SINCE」という言葉に着目し、街にあふれる「SINCE」を写真に撮って収集したり、街の看板や標識などから般若心経の278文字を探して、1文字ずつ写経するように写真に撮って集めていくアウトドア般若心経など、日常にささやかな楽しみを探す視点を見つけたりするのは、まさに旅するように毎日を過ごすためのお手本でもある。
会場の外に出ると、イベント記念スタンプに加えて、みうらじゅんによるキャラクターがデザインされた47都道府県スタンプまであって、大人たちが嬉しそうにスタンプを押している。まるでトラベラーズファクトリーみたいじゃないか。
旅先で偶然出会った素敵なイベントにたっぷり刺激を受けて、所沢を後にした。いやあ、やっぱり旅っていいですね。