The Travelers Are Back in Town
先週末、アーバンデザインを仕事にし、トラベラーズノートのヘビーユーザーでもあるアンガさんがインドネシアからやって来て、久しぶりに一緒に飲むことになった。待ち合わせの場所でもあったトラベラーズファクトリー中目黒に行くと、彼の友人でもある日本在住のスペイン人のエステルさんもいたので、みんなで一緒に居酒屋に行き、久しぶりに英語での飲み会となった。
アンガさんは、今回は仕事ではなく休みをとって日本に来ているとのこと。その旅もすでに終盤になっている彼は、この旅で初めて訪れたトラベラーズファクトリー京都のこと、さらにその京都を自転車を借りて巡った話など、旅の様子を興奮気味に語ってくれた。
「旅をするのに日本ほど楽しい国はないよ。東京や京都では歴史も感じられて、同時に新しい文化にも触れられるし、都市から離れれば美しい自然の風景を見ることができるし、安くておいしい食べ物もたくさんあって、温泉も最高だしね」なんて感じで旅先としての日本の魅力を彼が語ると、素直に僕らも嬉しくなる。異国からやってきた旅人の話は、僕らが忘れてしまいがちな日本の価値を思い出させてくれる。
居酒屋のおすすめメニューにあった納豆を使った料理をオーダーしようと思って、その前に、コロナ前は年に2、3回は日本を訪れ、日本のローカルな食べ物が好きだと言っていた彼に「納豆は大丈夫?」と聞くと、申し訳なさそうに苦手だと言った。「いや大丈夫。納豆なしでオーダーしますよ」と答えると、今度はスペイン人のエステルさんが「私は納豆大好き。朝ごはんはいつもご飯と納豆と卵です」と言った。
エステルさんは、「だけど、納豆が食べられるようになるまで3年かかりました」と続けた。やっぱり外国人にとって納豆はそれなりにハードルが高い食べ物なんだと思った。さらにエステルさんは「なまこは今でも苦手です」と言った。そういえば、僕だってタイも台湾も何度も訪れているけど、いまだにドリアンや臭豆腐は苦手だ。好きなものが多い方がいいけれど、誰だって苦手なものがある。
さらに話は、アンガさんの故郷インドネシアのことから、彼がトラベラーズノートを使うきっかけとなった香港でのイベントのこと、さらにエステルさんも参加したスペインでのイベントのことに繋がっていった。まだ行ったことがないインドネシアに、香港やスペインの魅力を語り合いながら、自然と話は、かつての旅の記憶と、いつか訪れてみたい旅先のことへと繋がっていく。
アンガさんは10年前に開催した香港スターフェリーのイベントに友人に誘われて参加し、そこでトラベラーズノートを知って使うようになったそうだ。僕も同じ場所にいたけれど、そのときは話を交わすこともなかったのに、10年後にこうして日本で一緒にお酒を飲んでいることに感慨深い気持ちになった。
異国の人と深いコミュニケーションをするには、良い面も悪い面も含めて自分たちの国の歴史や文化に自覚的である必要がある。さらにその上で一番大切なのは、何が好きで、どう考え、どうありたいという自分自身のパーソナルな価値観だ。トラベラーズノートのユーザー同士であれば、価値観の共通点を見つけることはそれほど難しいことではない。
ここ数ヶ月、トラベラーズファクトリーにも海外からのお客さんがさらに増えている。再オープン後のお客さんの入りを心配していた成田空港のトラベラーズファクトリーエアポートも順調に推移しているし、中目黒や京都では店内が海外からのお客さんでいっぱいになるということも珍しくなくなった。東京を歩いていても、楽しそうに街を闊歩する旅人を見ることが多い。
そんな姿を眺めていると、僕はシン・リジーの名曲「The boys are back in town」を思わず口ずさんでしまう。この曲は、胸が高鳴るようなギターリフをバックに、昔の仲間がまた街に戻ってきたことの喜びと、そこから何かが始まる予感に興奮する様子を歌う曲だ。
「The boys are back in town」の「boys」を「travelers」に差し替えて「The travelers are back in town」とすれば、旅人がまた戻ってきたことで街に活気が戻り、僕らを新しい旅へ誘ってくれる気分を歌っているみたいだ。世界中からやってきた旅人たちと話をすることで、自分の街の新たな魅力に気づき、旅するように毎日を過ごすことができる。さらに旅の好奇心が刺激され、新しい旅に出ることを後押ししてくれる。そんな気分が、コロナ以降なんとなくずっとこの国にあった閉塞感みたいなものを打ち破ってくれる兆しにも思えてくる。
異国からやってきた旅人と出会い話をすることで、自分たちの国にも、それ以外の国にも、もっと楽しく魅力的な何かがたくさんあることに気づく。エステルさんが3年かかって納豆のおいしさに気づいたように、視界を広げ、そこで見つけた何かを掘り下げていけば、新しい喜びを見つけることもできる。納豆の味を知らなくても生きてはいけるけど、それを知れば、納豆に生卵を加えてかき混ぜて、それを温かい炊き立てのご飯にかけて食べる朝ごはんの喜びを知ることができる(別に納豆が嫌いであってもいいんだけど)。
そんなことを思っていると、温かい味噌汁に、お新香、海苔、たらこひと腹、納豆、塩昆布に生卵という男はつらいよで寅さんが語る日本の理想的な朝食が食べたくなってきた。そんな典型的な日本の朝食も旅先ではよりおいしく感じる。だけど、エステルの祖国、スペインを旅して、朝食として生ハムをのせたパンに、カラマリ(イカフライリング)サンドに、チュロスとホットチョコレートを食べるのもいいな。
そんなわけで、3日からはじまるゴールデンウィークは、日本一周の続きで、佐渡島にでも行こうと思ったけれど、残念ながら宿はまったく空いていない、あってもびっくりするほど高くて諦めた。とりあえず近場を自転車で巡りながらやり過ごそうかな。