2023年5月22日

鹿児島へ

 先週、出張で鹿児島へ行ってきた。鹿児島は初めての訪問だし、九州自体も10年以上前に一度福岡に行っただけ。初めての土地を訪れるというのはもうそれだけで心がときめいてしまいます。そんなわけで朝早い時間の便だったのに目覚めもよく、興奮しながら飛行機に乗った。

 空港でレンタカーを借りて昼食をとると、まず最初に向かったのは明治21年創業の芋焼酎の中村酒造場さん。その6代目の中村さんからお話を聞くことができた。30代の若さで代表を務める中村さんは焼酎への情熱に溢れ、とにかく熱い。「いつも話が長いって言われるですよ」と前置きをして話をはじめた。

 沖縄から伝わったという焼酎の歴史から始まり、近年多大な影響を与えている芋が腐る病気のこと、20年前の焼酎ブームの影響などから、自らの焼酎つくりへのこだわりまでたっぷり話を聞かせてくれた。

 ここでは創業時代から続く石造りの麹室で発酵をしているのだけど、その際、無農薬の素材を使い、昔と同じ道具で完全に手作りで行うことにこだわっている。そのこだわりはストイックなほどで、電気もできる限り使わないようにしていて、冷暖房も一切使っていない。効率性よりも実直に昔ながらの方法を守ることを大切し、それこそがデータでは測ることができない風味を生んでいると信じている。

「夏であればまだ涼しい朝早い時間に作業をすればいいし、季節によって微妙に味が変わることだって、むしろ良いことだと思っているんです」と語った。「時代とは逆行しているかもしれないけど、ひねくれものなんですよね」と言う中村さんに深い共感を覚えた。

 その一方で同じ場所に安住することなく、新しい試みも追求していて、麹室の奥、隅っこの天井の方を指さして、「あるとき、この場所で発酵する酵母が特別だということに気づいたんです。それから、試行錯誤を繰り返しながらその酵母で発酵させることに成功し、あたらしい焼酎をつくって今年は2年目になるんです」と語ってくれた。

 お酒があまり強くない僕は、正直に言えば焼酎といえば、サワーなどを作るために何かで割って飲むお酒だと思っていたのだけど、その夜の食事時、メニューにあったここで作られた芋焼酎をオーダーし、はじめてロックで飲んでみた。なめらかでクセがなく口当たりもやさしい。さらにお湯割り、ソーダ割りを飲み比べ、その味の違いを楽しみながら、中村さんの語り口と蔵の風景を思い出した。強いお酒なんだけど、酔い方も優しく心地よい。僕は芋焼酎にすっかり魅せられてしまった。旅先で人と出会い、それが新しい世界を知るきっかけとなったのが嬉しい。

 翌日は、ヘンタ製茶さんにお邪魔した。はじめて知ったのだけど、鹿児島はお茶の産出額では、静岡を抜いて現在1位となっているそうだ。こちらの代表の邉田(へんた)さんは、中村さんと打って変わって、冗談を交えて話すひょうひょうとした方。口頭一番「名前はへんたですけど、ヘンタイではありません」ときっと定番であろう冗談とともにお話がはじまった。

 ヘンタ製茶の茶畑は、標高200、300mの霧島山麓にある。この土地の寒暖の差と冷涼な環境がお茶作りに向いていて、ここで作られたお茶は「霧島茶」と呼ばれ、お茶の品評会で何度も受賞しているブランド茶になっている。さらにヘンタ製茶では、すべてのお茶を無農薬の有機栽培で作られている。もともとこの土地は害虫が発生しにくいのに加え、お茶畑が山林に囲まれ点在しているため、他の畑の影響を受けづらいということも、有機栽培がしやすい大きな理由でもあるとのこと。

 邉田さんによると、その品質とあわせてオーガニックであることで、近年海外での評価も高まり、輸出が増えているそうだ。そのため、邉田さんはパリやニューヨークはじめ、世界中を飛び回っていて、「パリでは抹茶が人気で、安くないのにひとりで何缶も買っていくんだよね」とそのときのことを気負いなく、楽しそうに話してくれた。焼酎もお茶も、その土地の特性を活かして実直に作り続けているものが、世界中で認められていくのは素直に嬉しいし、必然なのかもしれない。

 ここでは、お茶摘みを体験させていただいた。この日は太陽が照りつける快晴。お茶摘み用のかごを腰にくくりつけて茶畑に入っていく。「一芯三葉と言ってね、こうやって葉っぱが3つついたところで折るんです」と言う邉田さんのお手本を見ながら、僕らも見よう見まねでお茶を摘んでいった。摘見終わると、今度は大きな鍋で炒り、それをザルに入れて手で揉む。それを何度か繰り返していくうちに、それまでまったく感じなかったお茶の香りが漂ってくる。そして、最後に乾燥させるとお茶ができあがる。「昔は、この辺ではそれぞれの家でこうやって1年分のお茶を作っていたんだよ」と教えてくれた。

 最後に「イベントで人気なんですよ」と抹茶ソフトクリームをご馳走してくれた。抹茶味のソフトクリームに抹茶の粉がたっぷり振りかけてあって、濃厚な抹茶の苦味とソフトクリームの甘さが絶妙なハーモニー。炎天下でお茶を摘んだ後でもあったので(少ししかやってないけど)、とてもおいしくいただいた。

 お茶も焼酎もパッケージされた完成品しか見たことがなかったけれど、こうやって作り手の方のお話を直接聞き、できあがる行程を見ることで、より大切に味わいながらいただこうと思えるし、さらにおいしく感じることができる。そうやって、旅先で出会ったものが、自分のお気に入りのリストに加わるのも楽しい。やっぱり人なんですよね。

 鹿児島では、芋焼酎やお茶の他にもおいしいものをたくさん食べることができたので、その話はまたあらためてこちらで紹介したいと思います。