鹿児島のおいしいもの
鹿児島2日目の朝。6時に目を醒ますと、ささっと顔だけ洗ってホテルの部屋を出る。前日までは快晴で夏のような暑さだったけれど、この日は雨。傘を手にホテルを出て、まだ人の少ない繁華街に向かって歩いた。
前日の夜。地元の方が勧めてくれた居酒屋に入ると、そこの名物料理でもある地鶏の炭焼きに鶏刺しがおいしくて、しかも安い。積もる話もあって、ラストオーダーまで長居してしまった。ホテルの部屋に戻ってメールのチェックをしていると、シャワーを浴びるのも面倒になってしまい、そのままベッドで眠ってしまったのだ。スマホで調べると、くだんの居酒屋がある天文館エリアにサウナ施設があったので、そこに行くことにした。
たどり着いたのは、昭和の香りがぷんぷん漂う古き良きサウナ。まだ早い時間だったけれど、みんな通勤前にひと風呂浴びるのか、サウナはほどよく賑わっていた。旅先の朝風呂は気持ちいい。しかも温泉地が近いからか、お風呂は温泉。サウナと水風呂を3回繰り返し、最後はゆっくり温泉に浸かってホテルに戻った。帰りには雨が少しだけ強くなっていたけれど、風呂上がりには雨の中の少しだけ冷んやりした空気が気持ちよかった。
朝食は「コーヒー飲みながら、モーニング食べたいね」ということで可否館という喫茶店へ向かった。可否館と言えば、盛岡の光源社にも同じ名前の喫茶店がある。鹿児島の可否館も光源社と同じように、日本を代表する染色家の柚木沙弥郎氏がお店のロゴや看板などのデザインを手掛け、店内は民藝の家具に加え、お皿やカップなどの焼き物が並んでいる。早速席に着くと、柚木沙弥郎の刷物が表紙になっている素敵なメニューを開き、はちみつシナモントーストと深煎りのブレンドをオーダーした。
クラシック音楽が静かに流れる美しい民藝品に囲まれた空間で、ほろ苦いコーヒーに、はちみつがじわっと沁み込んだ優しい甘さのシナモントースト。完璧じゃないか。旅先で巡り合った最高の朝食に、すっかり心が満たされて幸せな気分になった。
食べ終わったトーストのお皿を下げるためにテーブルに来た店主に「コーヒー、おいしかったです」と伝えると、思いがけず話好きの方で「私も深煎りの豆が好きなんですよ」と言いながら、メニューにあるそれぞれのコーヒーの特徴を丁寧に教えてくれた。「コーヒーが好きなら、これはぜひ飲んでもらいたいですね」と言う言葉に誘われ、希少豆だと言うモカマタリのコーヒーをおかわりでオーダーした。こちらはまったくひっかかりがなくすっきりした飲み口で、上品で芳醇な味をじみじみと味わった。
こんな感じで鹿児島ではおいしいものにたくさん出会うことができた。先週紹介した芋焼酎に霧島茶とその抹茶ソフトクリームの他にも、黒豚トンカツに黒豚しゃぶしゃぶ、さつま揚げにさつま汁、そしてもちろん鹿児島ラーメンと、この土地ならでは名物がたくさんある。短い滞在だったけれど、どれもおいしくいただきました。
さらに甘いものも豊富で、地元のおばちゃんが「いつも売り切れちゃうんだけど、今日はまだあるじゃない」と独り言のように呟く声に誘われて、思わず買ってしまった新道屋の「加治木まんじゅう」、もっちりした生地にたっぷり餡が入った今川焼きのような「蜂楽饅頭」、串を2本さしてとろみのある砂糖醤油ダレをかけて食べるお団子「じゃんぼ餅」。どれもできたての温かい状態でいただけるのが嬉しい。旅の恥はかきすてならぬ、旅のカロリーはかき捨てということにして、お腹の減り具合に関わらず、いろいろ試した。
旅の最後、レンタカーを返して鹿児島空港に着くと、夜のフライトまでに時間があるので、鹿児島最後の食事をとることにした。鹿児島の老舗百貨店、山形屋の食堂が空港にもあるとのことで、そこに入った。
山形屋は1751年創業の老舗百貨店。かつては日本各地に地元の中心的存在としてあった地方百貨店の多くが寂れてしまったり、業態を変えたりするなかで、ここは今も鹿児島の地元百貨店としての高いブランド力と賑わいを保っている珍しい存在として知られている。また、今では珍しくなったデパートの大食堂もここでは健在で、山形屋に足を運んだタイミングは、ちょうど食事をした直後だったので中には入らなかったのだけど、入り口の佇まいは子供の頃にお子様ランチを食べた懐かしいデパート食堂のイメージそのままだった。
旅の締めとしてビールで乾杯し、そのおつまみとして黒豚のソーセージと、鹿児島市民のソウルフードとも言われている「焼きそば」をオーダーした。焼きそばは、揚げた麺に野菜がたっぷりの餡がかかった長崎の皿うどんのようで、おいしい。さらにデザートとして、これも鹿児島名物の「白くま」のかき氷をいただいた。
「白くま」は鹿児島発祥のかき氷で、練乳をかけたかき氷に缶詰のフルーツにあんこが添えられて、しろくまの顔のような見た目になっている。山形屋の「白くま」は、耳がパイナップルで、顔の中心に添えたバニラアイスにちょこんと麦チョコがのって鼻になっている。愛嬌たっぷりの白くまの顔に、「ごめんね!」と心の中で呟いて、スプーンを入れた。
OWLという素敵な雑貨屋で手に入れた岡本仁氏の著書『好物歳時記』によると、鹿児島では夏になると喫茶店や食堂などさまざまなお店で「白くま」が食べられるそうで、さらに岡本氏が好んで食べるという、小さいサイズの「こぐま」もあるとのこと。そんなことを知ってしまうと、この「白くま」や「こぐま」に限らず、鹿児島ラーメンに黒豚料理も、また鹿児島を訪れていろいろ食べ比べをしてみたいなんて思ってしまう。さしあたって再び鹿児島を訪れる予定は今のところないけれど、そんな人生におけるささやかな楽しみが増えていくのも旅の良さかもしれない。