2023年6月 5日

古いけど使える缶

 古い缶が好きだ。長い歴史を経て、ところどころ塗装が剥げて、印刷された文字もかすれ、さらにへこんでいたりするブリキやアルミの缶のなんとも言えない味のある佇まいが好きだ。そういう缶を何かの入れ物として使えたらいいなと思って、蚤の市とか古道具屋で程よいサイズのものを見つけると、つい手に入れてしまう。

 見て楽しむコレクションではなく、あくまでも道具として使えるものでありたいと思うのだけど、何に使うのかは後で考える。使わないままどこかにいってしまうものも多いのだけど、クリップや万年筆のインクカートリッジを入れたり、旅に持っていく薬や絆創膏を入れたり、ちょうどいい使い道が見つかると嬉しい。

 フランス軍放出品の缶には、予備のタバコとライターを入れていつも持ち歩いている。大きさは縦9センチに横10センチ、厚みが3センチ。タバコはそのままバッグに入れると潰れてしまうから、軽くてちょうどよいサイズの缶があると嬉しい。

 アルミ製で外側はオリーブ、内側は白に塗装されている。最近作られている缶は安全性のためたいてい端が巻き込まれているのだけど、昔の缶は上蓋も身も切りっぱなしで、それがシュッとした印象を与えてくれる。さらに缶にはすっかり色褪せたステッカーが貼らている。ステッカーは軍ものならではの無駄がないデザインなんだけど、フォント選びやレイアウトにさりげない美しさを感じるのはフランス軍だからか。何が書かれているのか気になって、グーグルレンズでステッカーに記されているフランス語を抜き出して、翻訳してみる(便利な時代です)。

「国防省 応急処置用キット No.1/52
このキットに含まれる医薬品は、以下の状況下で、以下の説明に従ってのみ使用してください。

ニンニクまたはマスタード臭のする液体で皮膚を汚した場合;
コットンパッドで汚れた部分をこすらずに拭く。その際、コットンをセロハンシートで抑えて、疑わしい液体に触れないようにします。パウダーを1分間、肌にすり込むように塗布したら、使用済みのパウダーを捨てて、新しいパウダーで3分間、マッサージするようにすり込む。このパウダーは絶対に目に入れないでください。(裏面に続く)」

 ここで言う「ニンニクまたはマスタード臭のする液体」というものが何を指すのかよく分からないけど、臭いを取るだけにしては大袈裟な対処法とだと思って、ネットで調べてみた。すると、ニンニクやマスタードの臭いがするマスタードガスという化学兵器が第一次世界大戦で大量に使用され、多数の死者を出していたということが分かった。

 きっと、この缶は戦時中、幸運にも中の薬品が使われることなく使用期限を終えた後、缶のみがフランス軍から放出され、それから何十年かの月日を経て僕の手に渡ったのだと思う。第二次大戦の西部戦線、フランス領インドシナ、北アフリカのアルジェリア戦争…。僕はかつて観たフランス軍が登場する戦争映画のシーンを頭に浮かべ、あの時代にあの場にあったのかもしれないと感慨深くなった。戦争を無事に生き延びた缶だからこそ、安全のお守りのように存在になってくれるもしれないとも思った。

 古い道具といえば、手元に真鍮製の丸いケースがある。こちらは出張でロサンゼルスを訪れた際に、ヴィンテージマーケットで手に入れたもの。すっかり色褪せたメッキが剥がれてところどころに真鍮が顔を出している。そんな佇まいに一目惚れをして、手に取り、小さなボタンを押すとパカッと上蓋が開いた。もともと何に使っていたのかよく分からないけれど、携帯灰皿にいいなと思った。不愛想なおばあさんの店主は、値切っても安くしてくれなかったけれど、欲しくなり手に入れたものだった。

 それから何年も使っているのだけど、今回、フランス軍の缶の文字の意味を知ったことに気をよくして、あらためて表面に刻印されている文字を見てみることにした。変色のムラが激しく、ぱっと見ても何が刻印されているから分からず、これまで気にしたこともなかったのだ。

 老眼鏡を使ってロゴのまわりに刻印された小さな文字を見ていくと、まずは「ASH TRAY」とあることに気がついた。「そっか携帯灰皿にいいと思ったのは、もともとそういうものとして作られたからか」と思いながら、さらに文字を追っていくと、「TAKEO KIKUCHI」とある。知らなかったけれど、真ん中に刻印されているTとKの文字を組み合わせたロゴは、日本のアパレルブランドの「TAKEO KIKUCHI」のものだということが分かった。

 要は、日本で販売されたものが、何らかの理由でアメリカに渡り、それを僕が日本のものだと気付かず、また日本に持ち帰ってきたのだ。ネットで調べてみると、現行品ではないようだけど、オークションサイトに同じものを見つけることができたから、それほど古いものでもないのかもしれない。テレビ番組の「なんでも鑑定団」で「これは、最近作られたもので特別な価値はありません」と宣告されたみたいだけど、別にそれほど高価だったわけでもないし、どうやってこれがアメリカへ旅立っていったのかを想像するのも楽しい。

 トラベラーズノートもそうだけど、永く使われることで質感が変わるようなモノが好きだ。生まれたばかりの状態から、そのモノが使い手とともにどんな歴史をたどってきたのかを想像できるようなものがいい。傷や汚れ、シワ、錆などがモノに美しい質感とともに、無限の物語を想像させてくれる。歳をとるにつれて、自分の身の回りにそんなモノが少しずつ増えていけばいいなと思う。

Wouldn’t it be nice if we were older?