2023年7月 3日

湯の記 京都編

 先週、出張で久しぶりに京都へ行ってきた。仕事の予定は、月曜と火曜だったけれど、せっかくならと日曜日に前乗りで京都に入った。

 ひとり新幹線に乗ってお昼ごろ京都に着くと、ホテルに荷物を預けて、まずは白山湯 高辻店に行く。ここはサウナに露天風呂も付いている京都の名銭湯のひとつとして知られている。早速、番台で銭湯代と貸しタオル代を払って中に入る。

 シャワーで体をさっと洗い、熱々のサウナに入る。テレビから流れるお笑い芸人のグルメレポートをぼんやり眺めながら汗を流していると、砂時計1回転半で限界に。熱いサウナを出たら、冷たい水風呂へ。思ったより深い浴槽で、肩まで体を沈めると、壁にしつらえられたライオンの口からたっぷり流れる水をシャワーのように頭から浴びる。気持ちいい…。そして、露天風呂がある外に出て、火照った体を外気にさらす。そして、読みかけの本を取り出してページをめくった(僕はサウナの合間の休憩で本を読むのが好きで、許されるならいつもお風呂に本を持ち込んでいる)。
 
 ここは旅先。さしあたって、今やらなくちゃいけないことはなにもない。快晴の空の下、裸でやさしい風を浴びていると、自然と心も解放感に包まれた。のんびりとサウナに入ったり、お風呂に入ったり、ぼぉーっとまどろみ、本を読んだり、を何度か繰り返した。京都感はまったくないのかもしれないけど、これだけで京都に来た甲斐があると思えるくらいの幸せなひとときを過ごす(京都に来たのは仕事のためなんだけどね)。

 やっぱり、旅先の銭湯は格別です。知らない街ではじめての銭湯を訪れるときの不思議な高揚感。脱衣所や風呂場から聞こる土地の訛りも旅気分を盛り上げてくれるし、例えば、関東は四角い湯船が壁際にあることが多いけど、関西は風呂場の中心に丸い湯船があることが多かったりして、他にも入り方の流儀、サウナのスタイル、ペンキ絵のあるなし、売っている飲み物などに、地方ごとのちょっとした違いがあるのも楽しい。
 
 銭湯は、基本的には旅行者向けではなく地元の人のための施設だから、旅人は地元の人の場所をお借りして楽しませていただくというスタンスで入る。だけど、その分、その土地のより奥深い部分に立ち入ることができたような感覚を与えてくれるし、外向きのキレイさや飾り気ではない、どこか家庭的な温かさやちょっとした猥雑さを感じられるのもいい。それに、わずか500円前後で、疲れた体を癒してくれて、さらに1時間以上も気持ち良い時間を過ごすことができる場所なんて、世界中探してもそうそうないと思う。これも旅人向けではなく、あくまでも地元の人が日常で通う場所だからこその価格設定なんだと思う。

 自転車で旅をしていて、どこかの町に入ると、銭湯を探して立ち寄ることがよくある。そんなとき、15時か16時くらいのオープン直後に入ることもあるんだけど、必ずすでに誰かが入っていて一番風呂にありつくことはできない。東北の小さな町で、人があまりいなそうな寂れた(その分、味わいたっぷりの)銭湯に、オープン10分前に着いたことがある。扉が開いたので、「もう入れますか?」と番台に座るおばちゃんに聞くと、「ちょうど今、開けたところなんですよ」と答えてくれた。喜んで誰もいない脱衣所で服を脱いで風呂場に入ると、中ではおじさんがひとり、気持ちよさそうに湯船に浸かっていた。やっぱり、ふらりとやってきた旅人が一番風呂に入れるほど、銭湯は甘くはなかった。

 さて、話を戻して、前入りの夜。ひとりでなぜかビールと唐揚げとフライドホテトをつまみに夕食を済ますと、トラベラーズファクトリー京都スタッフのすすめに従い、トロン温泉 稲荷という銭湯へ行く。「トロン温泉ってなんだ?」と思いながら向かっていくと、入り口にはその説明がしっかりと明記されている。

「天然温泉に勝る湯質と効果が自慢の当館のトロン温泉は、世界一の名湯として名高いドイツのバーデン・バーデンの天然トロン温泉を科学の英知によって再現したものです」

 世界一の名湯を科学の英知で再現という大げさな表現がいい。大変失礼な言い方だけど、銭湯によくある、もっともらしく書かれているけど、じゃっかん眉唾なこの手の説明を読むのもけっこう楽しい。

 中に入ると、番台に立つ感じのよいおばちゃんにお金を払い、脱衣場に入る。ロッカーもあるけど、備え付けられているガゴに着替えを入れていくのが京都スタイル。服を脱ぐと、タオル片手に風呂場に入った。少し狭いけれどサウナがあって、ここも水風呂は打たせ湯のように掛け流し状態。サウナと水風呂、休憩を何度かくりかえして、ゆっくりお風呂に入る。正直なことを言えば、世界一のトロン温泉と普通のお湯の違いは分からなかったけど、それは僕の鈍感さの問題だと思います。

 お風呂を出て、コーヒー牛乳を飲もうとすると、番台のおばあさんは丁寧に蓋を開けて手渡してくれた。僕は「ありがとうございます。お風呂気持ちよかったですよ」と言って、ぐびぐびといっきに飲み干した。それを見ていたおばちゃんは、すかさず「瓶はそのままテーブルに置いといてくださいね」と声をかけてくれる。そんなおばちゃんの対応でさらに気持ちよくなりながら、銭湯を後にした。

 ちなみにこの日の宿は、大浴場とサウナ付きのビジネスホテル。暑い日だったこともあって、夜遅くホテルに戻るころには、たっぷり汗をかいていたので、最後にもう一回お風呂とサウナに入って眠った。

 せっかく京都に行ってきたのに、一人でお風呂に行ったことしか書いていないけど、この日は元京都店長のあおやまの案内で、吉田山にあるすばらしいカフェ、茂庵に行くことができたし、その途中で『ガケ書房の頃―そしてホホホ座へ』という本を読んで以来、行ってみたかったホホホ座浄土寺店にも立ち寄ることもできたし(京都らしいソウルフルでステキな本屋さんだった)、翌日と翌々日は、現店長はじめ、トラベラーズファクトリー京都スタッフのみんなとゆっくり話ができて、みんなからいっぱい元気をもらったし、ちゃんと充実した出張旅だったことをあわせて書いておきます。