トラベラーズ川柳&短歌
7年前、初めてニューヨークでノートバイキングイベントを開催したときのこと。会場となっていたエースホテルのロビーに、60年代風のファッションで着飾った女性がふらりとやってきて、僕にカードサイズの紙を手渡すと去っていった。カードを見ると、短いセンテンスがタイプライターで打たれ、末尾に「for traveler’s factory」とある。裏を見返すと「free haiku with love from the haiku guys」と記されている。これは俳句なんだと気づき、あらためてセンテンスを読んでみた。
「you build your journey
each leaf bound with careful coil
timeless, but right now」
「自分の旅を自分で造る
さまざまな葉っぱを丁寧にコイルで綴じた
永遠だけど、今この瞬間」
こんな意味だろうか。日本の俳句ですらよく知らない僕に、英語の俳句の良し悪しは分からないけれど、ノートバイキングを素敵に表現していると思った。それにアメリカ人がニューヨークで日本由来の俳句での表現活動を行っているのは素直に嬉しいし、それをカードにタイプライターで記して、さっと手渡すのもかっこいいなと思った。それ以来、このカードはずっと僕のトラベラーズノートのジッパーケースに入れて、いつも手元にある。
話変わって、先日京都に行った際、ファクトリー京都スタッフのKが「川柳イベントをやりましょう」と言ってきた。さらに、「まずはスタッフ同士で試しにやってみたのを動画で撮ったから見てください!」と加えた。だけど、これまで彼から川柳をやっているなんて話は聞いたことがなかったし、僕だって、たまに新聞などで見るサラリーマン川柳くらいしかなじみがない。なんで川柳?と不思議に思い「あとで見ておくよ」とあいまいに返事をした。
東京に戻ると早速動画が届いた。言い出しっぺのKが仕切りながら、スタッフ4人が、それぞれ持ち寄った旅がテーマの川柳や短歌を詠み合っていく形で動画は進んでいく。ひとりが自作の句や歌を詠んでコメントを話すと、まわりのみんなは手をたたいて笑ったり、「ほー」と言って感心したりする。さらにみんなで感想を語り合いながら話は広がり、笑い声に溢れていく。Kの思い付きに対して、きっとみんな最初は不思議に思っただろうけど、それぞれが用意した川柳や短歌は個人的な体験や想いが反映された面白いものだったし、他の人の作品に対しても真摯に向き合いポジティブな意見を言う。そんな和気あいあいとした楽しい様子をスマホの画面でひとりで見ながら、僕も自然と笑顔になった。
これを有料のイベントとして開催するには、それなりにいろいろなハードルがありそうだけど、まずは僕自身がこれまでまったく気にも留めていなかった川柳を作ってみたいと思った。サラリーマン川柳ならぬ、トラベラーズ川柳。新しい世界にちょっとワクワクした。
そんなわけで僕も川柳を作ってみた。そもそも川柳とは何かと調べてみると、五七五の音数律を持つけれど、俳句にあるような季語や「かな・や・けり」などの切れ字を入れるというルールもない。口語でいいし、字余りにも寛容とある。要は、五七五をほぼ守れば、あとは自由。トラベラーズ川柳ということで、テーマは旅やトラベラーズノートで考えてみた。
誰よりも経年変化が早くでる
旅先で家でのようにリモート会議
旅に出る 告げると娘笑顔なり
うーん、サラリーマン川柳にひっぱられてしまったみたい。自分で言うのもなんだけど、今どきの言葉を入れたり、家族や会社の同僚からの言葉を自虐的に表現するサラリーマン川柳っぽさが、どこかあざとさを感じるな。次はあまりそういうことを考えず、もうちょっと自由に綴ってみる。
増えていく汚れも傷も味になり
たまにある カスタマイズにもほどがある
部屋にあるトランクひとつ全財産
旅先で出会うと感動 二割増し
旅人に未練を隠してさようなら
クチコミの千の声より君の声
気まぐれに失踪気分で駅乗り越す
目が覚めてふと気づくまだ旅の途上
永遠に続けばいいのに旅と恋
路地裏に市井の暮らし 匂い嗅ぐ
旅が好き そうつぶやいた君が好き
安宿で夢を語った夜もある
思いつくまま書いてみたけれど、五七五という制約の中に思いついた言葉を当てはめていくのが楽しい。17文字に収めるために言葉を削っていく作業も楽しいんだけど、短歌にすれば、さらに七七と14文字加えることができる。そういえば、前に歌人の枡野浩一氏の、それぞれのタイトルが短歌になっているエッセイ集を読んだことを思い出し、本棚から引っ張り出してみる。「毎日のように手紙はくるけれどあなた以外の人からである」、こんな短歌を見つけて、短歌は川柳よりも自由だと思った。本来はそういうやり方ではないだろうけど、僕は上記の川柳に下の句をつけて短歌にしてみた。
部屋にあるトランクひとつ全財産 いつでもおれは旅に出られる
旅人に未練を隠してさようなら また会えるかもなんて思うなよ
気まぐれに失踪気分で駅乗り越す 旅に出るから探さないでね
目が覚めてふと気づくまだ旅の途上 夢じゃないねとほっぺたつねる
安宿で夢を語って はじまりの予感をノートに書きあった夜
共感してくれる人がいるのかはわからないけど、色々な人のトラベラーズ川柳やトラベラーズ短歌を読んでみたいと思った。川柳とか短歌に触れたことがない方もぜひ一度やってみることをお勧めします。Kくんと京都のみんな、ありがとう(あ、五七五になってる!)。そんなわけで、最後にもう一首。
Hello, Again 旅人たちよ エアポートからまた旅がはじまる 9周年
7月8日にトラベラーズファクトリーエアポートは9周年を迎えました。去年の8周年のときには、まだ空港も閑散としていて再開の目処もたっていなかったことを思うと、旅人も戻ったなかで再オープンをした上で迎えることができた9周年は、やっぱり感慨深い。まずは再び、空港の中にたくさんの旅人たちが行き交う姿を見ることができて、そんな旅人たちに、そしてファクトリーに足を運んでくれる皆様に「ハロー」と声をかけられるのが嬉しい。
トラベラーズファクトリーエアポートは、3年間の休業の後に再オープンしてからまだ半年しか経っていません。9周年だけど、体制も新しくなって、今はオープン直後のような新鮮な気持ちで運営をしています。きっとまだ海外への旅を再開できていない方も多いと思いますが、そんな皆様と一緒にまた新しい旅をはじめるようにトラベラーズファクトリーエアポートもこれから新しい歴史を作っていけたら嬉しいです。