フィンランド
ジム・ジャームッシュ監督の映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの5つの都市で同時刻に走るタクシーで起きる物語を描いたオムニバス映画。ドライバーや乗客のやりとりに、それぞれの町の雰囲気が感じられるのが楽しい。
例えばロサンゼルスでは(ここから先は多少のネタバレがあります)、ちょっとガラの悪い若い女の子がタクシードライバー。ガムをくちゃくちゃ噛んだり、タバコをスパスパ吸いながら、騒がしいバンドマンの乗客を乗せてロサンゼルスの街を走る。空港に着き彼らを降ろすと、今度はハリウッドの大物ディレクターを乗せて、向かう先はビバリーヒルズの豪邸へ。車窓の景色はもちろん、登場人物のキャラクターもそのやり取りも、まさにLAという感じで、ひとときのロサンゼルスへの旅気分を味わうことができる。
その後、ニューヨーク、パリ、ローマでのタクシーでの物語が続き、最後の舞台は、フィンランドのヘルシンキ。
一台のタクシーが、道路に雪が残る寂寥とした街並みを走るシーンから始まる。時計は朝5時を指しているけど、夜が長い冬のヘルシンキでは、夜明けの気配はまだない。ドライバーの男は、ときにあくびをしながら、しかめっ面で気だるそうにハンドルを握る。無線連絡を受けて客を拾いに行くと、待っていたのは飲み屋を出たばかりの酔っ払った男が三人。三人がなんとかタクシーに乗り込むと、そのうちの一人は、酔い潰れて眠ってしまう。心配するドライバーに、他の二人は「こいつは人生最悪の日だったんだよ、だから許してくれ」と酔い潰れた理由を話す。それに対しドライバーは「どんな不幸か聞かせてくれ」と尋ねる。
「こいつは今日、仕事をクビになった上に、ローンを払い終えたばかりの車がめちゃくちゃになって、しょうがないからバスで家に帰ると、16歳の娘に妊娠したと伝えられ、さらにクビになったことを伝えると、女房は離婚すると叫びながら、こいつにナイフを向けて家から追い出したんだ」
二人の男はお互い合いの手を入れながらそう語ると、ドライバーは「その程度の不幸か」と言い放ち、自らに起こった救いようのない不幸を淡々と語りはじめた。二人は聴きながら「あんたの不幸に比べたらこいつの不幸なんてたいしたことないよ」と言って涙を流す。
こうやって書くと、オムニバス映画のフィナーレは、心を重くどんよりさせるバッドエンドのようだけど、なぜか彼らの不幸話には、思わずニヤリとしてしまう可笑しさがある。さらに登場人物は、みんな素朴で優しく、トム・ウェイツの曲とともに映画のエンドロールが流れるころには、ロウソクの小さな炎のようなささやかな温もりを感じるのだ。
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』で知られる、フィンランドを代表する映画監督アキ・カウリスマキの映画も似たようなトーンの作品が多い。登場人物はたいてい低賃金の労働者で、失業したり、誰かに踏みにじられたりして、何度も不幸に襲われる。だけど、そんな不幸に嘆くより、飄々としながら、しぶとく生きていく姿をどこかコミカルに描いていく。だから、決して明るいわけではないけど重々しくもない。観終わると、じんわり心に沁みて温かい気持ちになる。
フィンランドと言えばサウナということで、『サウナのあるところ』というドキュメンタリー映画を観た。日本の銭湯を思わせる公衆サウナから、庭に建てられたプライベートサウナに、湖畔のサウナまで、本場フィンランドならではのさまざまなサウナが登場するのだけど、映画はサウナの紹介よりも、サウナに入る男たちが不幸を語り合うシーンを長々と写していく。
子供の頃に継父から虐待されていたとか、離婚したせいでもう何年も娘に会うことができないとか、お互い裸で汗を流しながら、普段は心の奥底に隠しているような辛い記憶を語り合う。フィンランドの男たちにとって、サウナは体だけでなく、心の奥もさらけだす場所だと教えてくれる。そして、心を浄化していくように大量の汗とともに涙も流す。
フィンランドは、豊かな自然が多く、アルヴァー・アアルトに代表される良質な建築やインテリアに、マリメッコ、イッタラ、NOKIAなどの洗練されたデザインで知られる企業も多い。体を癒してくれるサウナの本場で、ムーミンが生まれた国で、世界の子どもたちに幸せを与えるサンタクロースの故郷でもある。その上、社会保障も手厚く、世界最年少の女性国家元首が登場し、ジャンダーギャップ指数は世界第2位(日本は116位)で、幸福度ランキングは世界第1位(日本は47位)。なのにフィンランドを舞台にした映画は、なぜか不幸をテーマにしたような作品ばかりで、表のイメージとのギャップに不思議な気分になる。実はフィンランドは自殺率も高い。
そういえばフィンランドは、北欧メタルの中心地で、人口あたりのヘビメタバンドが最も多い国だとも言われている。北欧メタルは、デスメタルとかゴシックメタル、ブラックメタルなどとも呼ばれる、反社会的で過激でダークで騒々しい、ヘビメタの中でも特にヘビーなサウンドだ。さらに歌詞のテーマは、死や地獄や暴力、反キリストに悪魔崇拝と邪悪で攻撃的なものが多い。まさに幸福なスローライフとは対極にある。
フィンランドのアマチュア・ヘビメタバンドを描いた映画『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』を観ると、その対極なものが共存できる理由がちょっとだけ分かる。田舎町で暮らす若者が、休みの日に集まって過激で騒々しい音を出しながら、バンドの練習をしている。だけど、音楽は反社会的で過激なのに、メンバーはみんなどこか不器用で素朴な人が良さそうやつばかり。要は他にやることもないし、純粋に好きだからメタルバンドを演っているという感じなのだ。だから、この映画もヘビメタバンドのヴォーカルが主人公なのに、コミカルでほのぼのとしていて、観終わったあとは温かい気持ちになる。
さて、なんでフィンランドを舞台にした映画のことを書いているかというと、最近フィンランド映画をよく観ていたからなんだけど、なんで観ていたかというと、実は今日からフィンランドを旅するからなのです。
フィンランドを旅することになったのは、ひょんなことがきっかけなんだけど、トラベラーズがらみの旅ではなく、仕事もまったく関係ない、有給休暇を使ってのプライベートの旅になります。トラベラーズファクトリーエアポートでリフィルをゲットして、フィンランド旅仕様にカスタマイズもしました。フィンランドに着いたら、まずは本場のサウナに入ってゆっくりするつもりです。サウナで現地の人が話をしていると、ぜんぶ不幸話だと思ってしまいそうだけど。
話変わって、10月2日、新しいコラボレーションの情報を公式サイトにアップします。ぜひ楽しみにしてください。それでは行ってきます。