2023年10月10日

ロヴァニエミ発ヘルシンキ行きの寝台列車にて

 拝啓、お元気ですか。
フィンランド北部の町、ロヴァニエミからヘルシンキに向かう寝台列車でこの手紙を書いています。

 フィンランドに来て、首都のヘルシンキ、第二の都市タンペレを巡り、旅の最後に夜行列車に乗りたくて、ロヴァニエミまでやってきました。ヘルシンキからロヴァニエミまでは夜行列車が出ていて、夜8時ごろにヘルシンキを出ると、朝の7時半ごろにロヴァニエミに着きます。それに乗ってみたかったのです。

 ご存じのように北欧は物価が高く、さらに円安の影響もあってか、寝台席の料金はけっこうな値段になります。そこで寝台は帰りだけにして、行きは普通席にしました。出発時間前にヘルシンキ駅に着くと電車は20分の遅れ。そのせいでチケット通りの乗り継ぎでは間に合わず、駅員と交渉の末、深夜に別の駅で乗り換えることになりました(夜行列車はゆっくり進むので、特急列車で追いつけるようです)。横になれない普通席で、さらにそんなこともあって、この日はあまり眠ることができませんでした。

 それでも電車は、予定通り朝の7時半にロヴァニエミの駅に到着しました。電車を降りると、パラパラと雪が降り、突き刺すような冷気に襲われました。ヘルシンキやタンペレでは、東京の晩秋といった感じの気温で、思ったよりも過ごしやすかったのですが、ロヴァニエミは一気に真冬がやってきたという感じです。スーツケースに入れっぱなしだったコートを出すと、駅のロッカーにスーツケースを預けて、まずは駅前のカフェで朝食をとることにしました。

 前日の夕食は、乗り換え駅のキオスクで買ったシナモンロールとコーヒーで簡単に済ませていたので、朝食はちょっと贅沢をして13ユーロのビュッフェにしました。フィンランド名物のミルク粥にミートボールはここではじめて食べることができたし、野菜やチーズもたっぷり摂ることができて、朝から幸せな気分になりました。

 さて、お腹を満たしたら、ここの一番の観光名所であるサンタクロース村に行くことにしました(ロヴァニエミには、本物のサンタクロースが住んでいるという村があるのです)。30分ほどバスに乗って、サンタクロース村に着くと、いかにも観光地といった佇まいです。

 サンタクロース村で体験できることがいくつかあって、そのひとつがサンタクロースと写真を撮ることです。サンタクロース公認オフィス(誰がどう公認しているのかは分かりませんが)に入って、遊園地の子ども向けのアトラクションのような装飾がほどこされている廊下を通って行くと、その奥に、サンタクロースがいます。

 ちなみに一緒に写真を取るには40ユーロかかります。それほどサンタクロースに思い入れがあるわけではない私は、もちろん写真は撮りませんでした。日本円にすると6,000円ほどで、かなり高いような気がするけれど、サンタクロースは毎年世界中の子どもたちにたくさんプレゼントを買わなきゃいけないだろうから、しょうがないですね。

 サンタクロースがいる場所の近くの壁には、著名人らしき人が、サンタクロースと一緒に撮影している写真がたくさん飾られています。その中で、唯一の日本人がクリス松村氏だったのも微妙でしたが、彼以外で唯一私が知っている著名人が中国主席の習近平氏だったことがさらに私を不思議な気持ちにさせました。彼もここに来たんですね。サンタクロースにがっしりと肩を組まれた習氏の微妙な笑顔が印象的でした。

 他にここで体験できることは、北極圏との境目、北緯66度33分の北極線をまたぐことです。その線は大きく地面に描かれているのでよく分かるのですが、その線のどちら側が北極圏になるのかはよく分かりませんでした。だから、北極圏に入ったのか、それともそこから抜けたのかが分からないまま、とりあえず両サイドから写真を撮ってみました。

 それ以外にも、トナカイのソリに乗れたり、サンタクロースから手紙を送ってもらうサービスもあります。もちろん、どれもお金がかかりますが、これもプレゼント代と思えば、妥当なのかもしれません。ちなみに私はどちらもやらなかったですが、お金がもったいないというより、トナカイのソリは、子ども連れしか乗っていないし、サンタクロースからの手紙は、誰に送ればいいのか思いつかなかったからです。

 ここは観光地らしく土産物屋が充実していて、今までほとんど買うことができていなかったお土産をけっこう手に入れることができました。また自分のための土産としてククサも買いました。ククサは、フィンランドのラップランドに古くから伝わる手作りのマグカップです。昨年のトラベラーズファクトリーのイベントで、木工職人の椿井木工舎さんによる、このククサをモチーフにしたコーヒーメジャーを販売することになって、そのときに初めてククサのことを知りました。ラップランドの先住民族サーミ人による伝統工芸品で、白樺の節の瘤であるババカという木材で作られていたり、幸福のモチーフであったり、調べると興味深いことが多くずっと気になっていたのです。

 ロヴァニエミはラップランドの一部でもあるから、せっかくなので本場で本物のククサを手入れようと思いました。レジに持って行くと、レーザー彫刻で名前を入れてくれるとのこと。そこで自分の名前を入れるのもどうかと思い、「TRAVELER’S KUKSA」と入れてもらいました。そういうサービスってやっぱり嬉しいですね。これだけでサンタクロース村に来て良かったと思えます(いや、他も楽しかったですよ)。

 サンタクロース村を後にして、次に向かったのは、「SANTASPORT」というスポーツ施設です。なんでそんなところに行ったかと言うと、今回の旅のテーマのひとつがサウナ巡りなのですが、ロヴァニエミで唯一見つけた公共のサウナがある施設がここだったのです。この日はちょうど土曜日ということもあってか、プールは地元のおじいちゃん、おばあちゃんに加え、家族連れもたくさんいました。そんなほのぼのした雰囲気の中で、熱いサウナに入って、冷たいプールに浸かったり、温水プールで泳いだりして、ゆっくりと過ごしました。

 その後は、アルヴァー・アアルトが設計した図書館を覗いたり、カフェで休んだりして夜まで過ごし、ロヴァニエミ駅からヘルシンキ行きの夜行列車に乗りました。行きは普通席ですが、帰りは寝台です。寝台個室の中には、2段ベッドに折りたたみの小さなイス、洗面台もあります。私は設備を一通り確認すると、電車に乗る前にスーパーマーケットで買ってきたサーモンサンドとビールを取り出して、夕食として食べました。

 外はもう夜ですから、車窓からの風景は、まっくらでほとんど何も見えません。だけど、ときおりオレンジ色のライトが光る家がぽつんとあったり、雪がちらちらと舞っているのが分かります。電車は心地よい揺れとともに、今移動をしていることを実感させてくれます。まさに旅するホテルのような寝台個室をしみじみと楽しみながら、この手紙を書いています。

 夜ももうだいぶ深まったようです。せっかくの寝台なので、快適なベッドで足を伸ばして横になり、そろそろ眠ろうかと思います。そういえば、フィンランドからの最初の便りなのに、最後に立ち寄ったロヴァニエミのことだけで(しかもほとんどがさほど興味もなかったサンタクロース村のことでしたね)、何ヶ所も巡ったサウナのこととか、他の場所のことを何も書いていませんね。フィンランドのサウナはどこも感動するくらいすばらしく、それについては、またあらためて別の手紙にしたためたいと思います。それではおやすみなさい。