2023年11月20日

お気に入りのルーティン

 学生の頃、近所のコンビニエンスストアで、週に2日間、夜11時から朝8時までの深夜アルバイトをしていたことがある。このコンビニでは夜の12時を過ぎると、お客さんはほとんど訪れない。賞味期限切れの食べ物を棚から外し、深夜にトラックで納品される新しい弁当やサンドイッチにデザートなどを並べると、他にやることがなくなり、ゆっくり本を読むこともできた。

 空がうっすらと白みがかる朝5時を過ぎると、今度は雑誌が届く。当時は少年ジャンプや少年マガジン、ヤングジャンプにビックコミックスピリッツなど、漫画雑誌全盛時代だったから、たくさん届く雑誌の束を運んで、棚に並べていくのはちょっとした重労働だった。そして並べ終わると、それにあわせたようにいつも同じ時間に店にやって来る少年がいた。彼は店内に入ると、発売されたばかりのお目当ての漫画雑誌を手に取り、3、40分ほど立ち読みする。そして本は買わずに、いつも同じ銘柄の500mlの牛乳を買って帰って行く。

 少年が帰ってしばらくすると、今度は仕事終わりらしきタクシー運転手がやって来る。彼は毎日だいたい同じ時間に来て、必ずポッカの缶コーヒーとゆで卵に東スポの3点セットを買っていく。いつも同じものしか買わないので、彼のタクシーが店の前に横付けされると、僕は缶コーヒーとゆで卵と東スポをカウンターに置いて、おつりも用意しておく。すると彼はニコニコして、「お、準備がいいね」と言いながら、笑顔でお金を払うと、おもむろに缶コーヒーのプルタブを引き上げ、ゆで卵をむき始める。

 早朝のコンビニはそんな感じで、いつも同じ時間に来て、同じものを買う人がいた。そのコンビニは、彼らの生活の一部となり、毎日繰り返されていくルーティンにしっかりと組み込まれていた。

 自慢じゃないけど、僕はいつもココイチに入ると、野菜カレーにゆで卵のトッピングをオーダーする。さらに、天丼てんやではオールスター天丼、吉野家は牛丼並にお新香セットと生たまご、会社近くの居酒屋のランチは生姜焼き定食、さらにインドカレー屋のランチメニューにある3種セットのカレーは、チキン・マトン・エビココナッツカレーに決めている。店に入ると、いちおうメニューを眺めて、ちょっと考えてみたりするのだけど、結局いつも同じメニューを頼む。好みのメニューを見つけると、判で押したようにそのメニューを繰り返してしまう(ほんと、自慢でもなんでもない)。

 トラベラーズノートのリフィルは、最近は軽量紙と水彩紙、ダイアリーは月間が定番。もちろん、いつもとは違う目的があったり、新しいリフィルを企画したり、発売することになったりしたときには、一緒にそれらを使うこともあるけれど、軽量紙と水彩紙と月間ダイアリーの3冊のリフィルは、不動のレギュラーメンバーのような存在となっている。

 フィンランドを旅したときのこと。早朝着の飛行機でヘルシンキに降り立ち、街に出ると、まずは何か食べようとカフェに入った。コーヒーとシナモンロールをオーダーすると、コーヒーはカウンターにあるポットから自分で入れるように言われた。ポットは2つあって、それぞれ「浅煎り」と「深煎り」と記されている。僕は好みの深煎りのコーヒーをカップに注ぎ、席につくとシナモンロールとともに食べた。

 フィンランドのカフェでは、深煎りと浅煎りの2種類のコーヒーがポットに入ってセルフで注ぐのが定番のようで、どこも同じスタイルでコーヒーを出していた。僕は、深煎りコーヒーとシナモンロールの組み合わせがすっかり気に入り、フィンランドでの朝食は、カフェでコーヒーとシナモンロールをオーダーし、勝手知ったる感じでポットから深煎りのコーヒーを注ぐのを繰り返した。いろいろ試すのもいいけど、僕は旅先でお気に入りのルーティンができると嬉しくなる。

 クリスマスまであと1カ月とちょっと。ということで、トラベラーズファクトリーでクリスマスの飾り付けを行った。これもオープン以来毎年繰り返しているルーティンみたいなものだ。

 閉店後、気分を盛り上げるために、BGMをクリスマスソングに変えて、ロフトの奥に置かれたクリスマスの装飾品を1年ぶりに引っ張り出して、クリスマスツリーに、電飾、オーナメントなどを店内に飾っていく。毎年同じことをやっているのに、電飾のスイッチがどうなっているとか、ツリーはどうやって固定していたのかとか、ちょっとしたことに頭を悩ませながら作業を進めていく。ようやく飾り付けが終わって、電飾をすべて灯すとやっぱり気分があがる。

 正面のテーブルでは、クリスマスの定番、シロクマのレザータグやチャームに加えて、この日にあわせてチャルカさんから届いたチェコのラインストーンのクリスマスツリーが美しくきらめいている。どちらもここ数年、クリスマスになるとルーティンのようにこの場所に置かれ、クリスマス気分を盛り上げてくれている。

 外に出て、あらためて店を眺めると、静かで暗い路地裏で、電飾の光がささやかにきらめきながら灯っている。なんだか懐かしく優しく温かく、ちょっと寂しく人恋しい、そんなクリスマス気分が心によみがえってきた。

 金曜日には、先日のライブを開催してくれた山田さんがやってきて、ライブ配信動画におまけのように加えている店内の動画を撮影した。山田さんが店長役で僕がお客さん役をする寸劇みたいなもので、これもライブの配信をはじめたときに山田さんが声をかけてくれたことから始まり、それから配信動画の定番コーナーのように続いている。

 撮影が終わると、出来上がったばかりだと言うクリスマスソングを収録した新しいアルバム「Christmas Songs vol.2 - carols and new interpretations」をプレゼントしてくれた。これは11年前にリリースした「Christmas Songs」の第二弾にあたるアルバムで、その分、クリスマスソングとしてあまり馴染みがない曲も収録されていて、それが魅力でもある。僕はアルバムを聴きながら、この季節のトラベラーズファクトリーのBGM用に作っているクリスマスバージョンのプレイリストに新しい曲を加えることができるのを嬉しく思った。山田さんの「Christmas Songs vol.2」は、トラベラーズファクトリーでも販売中ですのでぜひ。

 昔は同じことが繰り返される日々に退屈さを感じたし、季節ごとの行事も素直に楽しめなかったけれど、歳を重ねることでそこに自分にあった好きなものを加えながらカスタマイズするように更新することで、同じことの繰り返しも悪くないと思えるようになった。

 同じノートをもう20年近く使っているわけだけど、それでも飽きないし、むしろ使うほどに馴染んでしっくりしてくる。そんなものを少しずつでもいいから増やしていくことができるのなら、年を重ねていくのもけっこう楽しくて心地よいことかもしれないですね。