2023年12月 4日

販売をすること

 自転車での帰り道。ひと休みしようと全国チェーンのカフェに入ると、隣の席では、夜9時を過ぎているのに商談のような話し声がした。熱心に語る二人組に対して、おとなしくうなずく若い男が向かい合っている。自然と聞こえてくる声に耳を傾けると、資産形成とかマンション経営などという言葉。

「貯金はされてます?」
「あ、はい…」
「いやぁ、すばらしいですね。でも闇雲にただ貯金をするより、こちらに投資することで計画的に増やして、それ以外は自由に使えたほうがいいですよね。年収はどれくらいでしょうか。そうですね、例えば…」

 とめどなく流れるように言葉を放つ上司に、相槌を打ちながら資料を見せていく後輩。二人はこれまで何度も繰り返してきたフォーメーションをこなすように、まじめそうな若い男を説得していく。そして、半ば強引に次に会う約束を取り付けると、この日のミッションがクリアしたようで、しっかり45度のおじぎをして若い男を見送った。上司は「角度高そうだな」と後輩に言うと、テーブルに広げられていた資料をカバンに入れて、満足気な顔をして店から出て行った。

 いや、別に投資が悪いことだとも思わないし、彼らもノルマや歩合のことだけを考えているのではなく、ましてや騙そうとしているわけではなく、本当に若い男の将来のことも考えているのかもしれないし(そう見えなかったのけれど)、僕がどうこう言う話でもないけれど、なんとなく若い男の無事を祈りながら、僕も店を出た。

 たまにではあるけど、僕もイベントやトラベラーズファクトリーで接客することがある。基本的には誰かに何かを販売するという行為は楽しい。それが自分の好きなものであればなおさらそうだ。お客さんが自分が好きなものに興味を持ってくれて、悩みながらも話をするうちにだんだんその興味が深まり、最後に買うと決めてくれたときは、やっぱり嬉しい。

 例えばふらっと店内に入ってきた、トラベラーズノートを知らない方に接客をする。「これはノートなんですけど、革のカバーに、中にはリフィルをセットして使うんです」なんて感じで話をはじめる。

 そうすると、ここで反応はだいたい二つに分かれる。ひとつは、「そうなんですね」と言ったりして、興味なさげに目を逸らし、店内を見回してみたり、遠くを見たりする。そんなときはあっさり諦め、「よろしかったら、他にもいろいろありますので、ゆっくりご覧になってください」とか言って、話を終えてしまう(もっとがんばれよ)。

 だけど、同じことを言っても、キラっと目を輝かせて「へー」と言いながら、ノートを手に取り、触ってみたりするお客さんがいる(トラベラーズノートは、興味を持ってくれる人と、ぜんぜん響かない人との違いが極端で、けっこうわかりやすい)。そうすると僕は、自分のトラベラーズノートを取り出して、「これは私が使っているものなんですけど、こんなふうにリフィルの表紙にいろいろステッカーを貼ったり、ゴムにチャームをつけたりして、カスタマイズができるんですよ」なんて感じで、話を続ける。すると、お客さんも興味深げに手に取ってくれて、「なるほどねー、こんなケースも付けられるんですね」と具体的な話になっていく。

 このときに僕の頭に浮かぶのは、売上のことよりも、自分が好きなものに共感してくれた喜びの方が断然大きい。

「ずいぶん革の味が出てますね。どれくらい使っているんですか?」
「もう20年近く使っているんです。このノートとはいろいろな場所を旅しました」
「へえー楽しそうですね」
「楽しいですよ。このノートを使うようになって絵を描くようになったし、持っていると、どこかへ旅したくなったり、何かをはじめたくなっちゃうんですよ」
「私もはじめてみようかな」

 このとき、僕はひとりのトラベラーズノートユーザーとしての実体験を伝えるように会話を楽しむ。そして、最後にトラベラーズノートを購入してくれると、同じ価値観を共有できる仲間になれたような気分になる。そして、トラベラーズノートを通じて、この方の生活に前向きな変化を与えることができたら嬉しいと心から思う。

 すでにトラベラーズノートを使ってくれている方だったら、もう最初から仲間みたいな気持ちで話をはじめてしまう。僕らにとってトラベラーズファクトリーは、ものを売る場所であるのと同時に、好きなモノやコトを共有する場でもある。

 だけど、最近はそんなことを意に介さない転売目的だと思われるお客も多く、みんな頭を悩ませている。基本的に転売目的での購入はお断りしているのだけど、購入するときに誰もそんなことは言わないし、聞いたって「自分で使うんです」とか「友達に頼まれて」と言われると、それを確認することはできない。明らかに転売だと思われる人に対し、販売を断ったら断ったで、「どうして売れないんだ?」と詰め寄られて、ちょっとしたいざこざになってしまうこともある。

 転売を防ぐために、おひとり様1個までという個数制限をしているのだけど、それに対抗するために、たくさんの仲間をひきつれて店を訪れたり、一度購入した後に、帽子とメガネで変装して再び訪れるような、ドリフターズのコントみたいな人もいて、それを「さきほどお買い上げいただきましたよね」と笑顔であしらうようなこともあるけど、それよりもスタッフのストレスになることが多い。自分たちなりに適正だと思われる価格で販売しているものが、高値で売られているのを見ると心を痛める。

 モノを潤沢に用意して、それを誰もがどこでも買えるようにすれば転売を防ぐことはできるのかもしれないけど、トラベラーズノートみたいな天然の素材を使い、手作りのような工程を経て作られるプロダクトは際限なく量産できるわけでないし、いっそ限定商品は作らない方がいいのかと考えてしまうこともある。

 でも、旅に出て、そこでしか得られない体験をすることを大切にしたいトラベラーズだからこそ、そこでしか買うことができないモノにこだわりたいし、同じ価値観を共有できる憧れのブランドや仲間とのコラボレーションだって作っていきたい。

 2023年に作ったプロダクトをあらためてノートに描いてみました。コラボレーションを通じて伝えたいことがあったり、自分たちが使ってみたいと思ったり、皆さんからのご要望に応えたかったり、作るきっかけはさまざまだけど、すべては僕らが好きなものを誰かに好きになってもらい、それが使う方の生活に前向きな変化を与えることができたらとの想いで作っています。ときには、売り切れてしまったり、お届けする過程でご迷惑をおかけすることもございますが、スタッフ一同思いを込めてがんばっていますので、なにとぞ温かく見守っていただければ幸いです。