寂しげだけど、幸せな風景
諸事情により、抽選販売という販売方法になってしまい大変申し訳ありませんが、先週からムーミンとの3回目のコラボレーションの出荷が始まりました。お手元に届いた方もいらっしゃると思います。
昨年10月にフィンランドを旅した際に訪れたタンペレという町に、ムーミン美術館があるということで、立ち寄っていた。ムーミンは、漫画やアニメなどさまざまな形で描かれているけれど、その原点となるのがトーベ・ヤンソンによって描かれた小説の挿絵で、コラボレーションは一貫して、小説の挿絵をモチーフにしている。ムーミン美術館には、その挿絵の原画がたくさん展示されているというので、見てみたいと思ったのだ。
原画を見てまず驚いたのは、その大きさだった。ほとんどの挿絵が、トラベラーズノートにも収まるくらいの小さなサイズの紙に描かれている。例えば、今回のコラボレーションリフィルの表紙に印刷されているムーミンとスナフキン、スニフが森の奥深くに入っていく絵も、実際の絵のサイズとそれほど変わらない(むしろ原画の方が小さいかもしれない)。そのサイズに細い緻密な線で、びっしり描き込まれているのが分かった。
ムーミンの挿絵は、陰影がはっきりしているのが特徴で、それが深淵で哀愁を伴った不思議な世界観を醸し出している。原画を見ると、その影の部分もただ黒で塗りつぶすのではなく、繊細なタッチで手描きの何本もの線で描かれ、ゴッホの絵のように影が渦を巻くように流れていていたりする。
つげ義春や水木しげるの漫画の原画のようでもあるのだけど、それらが日本の原風景を感じさせるように、トーベの絵は、まだ自然崇拝だった頃の北欧の、人が立ち入ることのできない森の奥深くを覗き込んだみたいな気分させてくれる。小さな原画をじっと眺めていると、まるで万華鏡を覗いているように、その世界に吸い込まれていく感覚を味わった。
今回のコラボレーションでは、今までのスナフキンやミイのようなキャラクターではなく、小説『ムーミン谷の彗星』にフォーカスをして作っているのだけど、この小説自体も実に不思議な物語でもある。
ある日、おそろしい彗星が地球に向かってくることを知って、ムーミン谷は大さわぎになる。そこで、ムーミンとスニフは彗星を調べるために天文台へ出かける。その途中でスナフキンに出会い、彼の助けを得ながら天文台に着くのだけど、そこで分かるのは、彗星がやってくるのは間違いないということだけでしかない。
だけど、ムーミンもスニフもスナフキンもぜんぜん動じない。ムーミンは、帰る途中にスノークのお嬢さんと出会って恋心を抱くし、彗星の近づき干上がってしまった海底を歩くために、竹馬に乗るのだけど、それもどこか楽しそう。登場するキャラクターたちはみんなどこか楽観的で、危機にも淡々と向き合っていく。そこに描かれている挿絵も、陰影があるのだけど、暗いだけでなく、ほのぼのとしたユーモアも感じさせるのだ。
そういえば、新年の休みに『PERFECT DAYS』に加えてもうひとつ観た映画、『枯れ葉』もそんな雰囲気を感じさせる映画だった。フィンランドを代表する映画監督アキ・カウリスマキによるヘルシンキを舞台にした映画で、主人公はトーベ・ヤンソンの伝記映画『トーベ』でトーベ・ヤンソンを演じた女優、アルマ・ポウスティが演じている。彼女はスーパーマーケットで働き、テレビはなくラジオがポツンと置かれた部屋で質素に暮らしている。もう一人の主人公は、アル中ぎみの工場で働く男。どちらも貧しく、孤独を感じながら暮らしている。
女は賞味期限切れのパンを持ち帰ろうとしたばれてスーパーをクビになり、男は仕事中に酒を飲んでいるのがばれてやっぱりクビになる。そんな状況なのに、悲壮感はあまりなく、二人が日々を暮らす姿を淡々と描いている。
映画は簡単に言ってしまえば、その二人が出会い、恋に落ちるラブストーリーなんだけど、二人とも感情表現が控えめな上に極端に寡黙で、いわゆるラブストーリーらしい華やかな場面はほとんど出てこない。深刻な場面でも自然体で楽観的にすら見える二人が、すれ違いながら、徐々に惹かれ合う姿は、どこかユーモラスでもあり、じわじわと観る人の心を温めてくれる。
全体的に派手さがなく地味で暗い画面は、陰影がはっきりとして哀愁を感じさせるのだけど、温かく美しい。主演女優がトーベ・ヤンソンを演じていたこともあってか、僕は映画を見ながらムーミンのことを思い出した。フィンランドの国民性なのかはよく分からないけれど、どちらもどこか寂しく孤独感のある暗いトーンでありながら、心の奥が温かくなり、幸せな気持ちをさせてくれるのだ。
ふと思いつき、トーベ・ヤンソンの挿絵をお手本にして、夜のトラベラーズファクトリー中目黒を描いてみた。暗い夜の路地を歩いて見えるトラベラーズファクトリーの灯りにも、ムーミンの挿絵や『枯れ葉』と似たような雰囲気があるかもしれないと思ったのだ。やっぱりトーベのような緻密なタッチで描かれた深淵な世界には及ばないけれど、ちょっとだけムーミン谷にありそうな感じがしないでもない、なんてことはないかな。