自転車で転んで、刺繍とパッチワーク
先週、金曜日のこと。朝、最寄りの駅まで自転車で向かう途中に、電柱にぶつかって転んでしまった。走り慣れた道なのに、なぜか想定外の場所に現れた電柱を避けきれずに肩からぶつかり、そのまま倒れた。だいたい2年に1度は自転車で転ぶから慣れたもので、倒れる瞬間に背中で受け身をとったので、大きな怪我もなく済んだ。それでも、倒れたまましばらく路上で唸ってしまうくらいの痛みがあった。
周囲の目線が気になり、「いやあ、派手に転んだけど、別にたいしたことないっすよ」といった感じで平静を装いながら、やせ我慢をして立ち上がると、まずは倒れた自転車を立てる。さらに倒れた衝撃で、道の真ん中まで飛んでしまったスマホを回収し、無事を確認。そして、膝や肘をさっと見て、ジャケットやジーパンも擦り切れていないことが分かると、とりあえずホッとした。ふと思い立ち、背中に背負ったリュックをおろした。リュックがプロテクターのような役割を果たし、背中が直接道路に当たるのを防いでくれたのだ。その代償として、道路のアスファルトにこすられて穴が開いているのを見つけた。
このリュックは、キャラバンイベントを開催した際にT.S.L倉敷で買ったシュペリオールレイバーのもの。僕の使い方が粗いからか、買ってから1年と半年くらいしか経たないのに、もともとの生地にあった光沢感はなくなり、すでに10年以上使っているかのようなヴィンテージな風合いになっていた。そのせいか、穴があいてしまったことにそれほど大きなショックを受けることもなく、再び自転車に乗って駅まで向かった。
この日は、夕方になるとトラベラーズファクトリー中目黒へ向かった。翌日からのイベントのために、スペインからアイトール・サライバさんが来て、一緒にその準備をすることになっていた。彼と会うのは、ちょうどコロナ直前に開催したイベント以来で4年ぶり。フレンドリーで優しい笑顔は4年前とまったく変わらない。再会を喜び挨拶を交わすと、近年彼が傾倒しているというテキスタイルや刺繍の作品を並べていった。自転車で転んだせいで肩が痛くて、手を上に伸ばすことができなかったけれど、そこは背の高いアイトールさんに任せ、無事に準備が終わった。
翌日の土曜日、イベント当日。今回はアイトールさんの提案で、トラベラーズノートが入るコットンバッグに、刺繍やパッチワークを施してカスタマイズをするというワークショップを行った。事前の打ち合わせは、インスタのメッセージだけの簡単なやり取りだけだったこともあって、正直に言えば、どんな風に進めるのか、僕らもよく分かっていなかった。
こちらが用意したコットンバッグに加え、アイトールさんはパッチワーク用の生地を何種類かと刺繍用の針と糸を用意。ワークショップがはじまる前に、アイトールさんの指示のもと、数種類の生地を4、5センチ角にカットし、針や糸と一緒に袋をに入れて、それぞれの席に並べた。
ワークショップが始まると、まずアイトールさんは、今回のために用意してくれたパッチワーク用の生地について、ひとつずつ説明した。
まず最初に手に取ったのはウールの少し厚めの生地で、もともとお気に入りマフラーだったものをお湯で洗ったら縮んでしまったので、パッチワークで使うことにしたとのこと。次は、スペイン製のヴィンテージのベッドカバーを紅茶で染めたもの。何十年も前のとても丁寧に織られた生地で、しっかりしていて手触りも優しい。
ブルーの生地は、インド製のコットンとシルクの混紡生地で、殺生を避ける仏教の教えに基づき、蚕を殺すことなく紡がれた絹の糸で編んで、それを天然のインディゴで染めているとのこ。さらに、赤いチェックの生地は、アイトールさんがニルバーナを聴いていたときに着ていたネルシャツをカットしたと教えてくれた(ニルバーナのヴォーカル&ギターのカート・コバーンはネルシャツをよく着ていた)。
「どの生地にも、誰がどのように作ったのかという背景があり、さらに誰かに使われることで物語が宿ります。きっとみなさんのトラベラーズノートには、大切な記録や思い出が記されていると思います。それと同じように、無地のコットンバッグに、さまざまな生地を縫い付けたり、思いを込めて刺繍していってください。
この場で全部完成させようとは思わないでください。ここにある生地だけでなく、着れなくなった服や旅先で手に入れた生地など、思い入れのある生地をどんどん足していってください。使い道がなくなった生地に新たな役割を与えてください。もしかしたら、永遠に完成しないのかもしれませんが、あなたの思い出が詰まった大切にバッグになります。それでは、縫い方にルールはありませんので、自由にやってみてください」
アイトールさんがそう語ると、みんな集中して縫いはじめた。僕は横で彼の話を聴きながら、やっと今回のワークショップの意味を理解することができた。アイトールさんが言いたかったことは、コットンバッグに刺繍をしたり、パッチワークをすることは、トラベラーズノートをカスタマイズしたり、紙面に書いたり、描いたり、貼ったりすることと同じことで、単にデコレーションをするだけでなく、そこに自分の想いや歴史を刻むことでもあるということなのだ。
アイトールさんの生まれ故郷では、昔は寄り合いのように地域の人が集まって、楽しく話をしながら刺繍をしたり、編み物をしていたとのこと。このワークショップもまた、そんなかつてのスペインの田舎町で繰り広げらたような、温かく優しい雰囲気に満ちていた。参加者の方がお願いすると、アイトールさんは気さくに刺繍のすきまにサインやイラストを描いて、作品に色を添えてくれた。中途半端にパッチワークが施された僕のバッグにもメッセージを添えてくれた。
イベントが終わった翌日、中目黒で買ったTSLのワッペンを、リュックの穴があいた場所にパッチワークをするように縫い付けた。ヴィンテージ感ある風合いにワッペンもぴったりで、ますますこのリュックが気に入り、穴が開くのも悪くないと思った。
使うほど傷が付いたり、汚れたりする。でも、穴があくほど傷付いたら何かを縫い付けて塞げばいいし、つぎはぎだらけでも、それらはすべて思い出とともにある。古くなるのを嘆くのではなく、味が深まると楽しめたらいい。だけど永遠に完成はしない。パッチワークってなんだか人生みたいだ。