2024年5月13日

読書と旅はタイパが悪い

 本を読むのは好きだけど、忘れっぽいから内容を忘れてしまうことがよくある。その本を読んだことすら忘れて、同じ本をまた買って途中まで読んで、あれ、これって前に読んだかも、なんて思い出することもある。1週間も過ぎると、ランチに何を食べたのか思い出せないように、先週読んだ本のタイトルを思い出せないこともある。

 だから、最近は本を読み終わると、タイトルと著者、それに日付をノートに書くことにした。本当は内容とか感想も書くといいんだろうけど、そこまでやろうとするとなかなか続かない。でも、タイトルだけでも書き留めておけば、たまにそれを見返すだけで、内容についてぼんやり思い返したりすることができるし、本を読むモチベーションがちょっと上がるような気がする。

 一方で、ずっと昔に読んだのに、いまだに内容を覚えていることもある。最近、タイム・パフォーマンスを略したタイパという言葉を聞いて、星新一のショートショートを思い出した。星新一は小学生の高学年の頃にはまって、読み漁ったことがあったから、たぶん読んだのはその頃だと思う。あいまいな記憶で書いているから、実際の話とは異なるかもしれないけれど、だいたいこんな内容だ。

 舞台はこの話が書かれた70年代から見た近未来。ある金持ちの老人が車を購入しようとして、セールスマンからおすすめの車の説明を受けている。車は最新の高級車で、ハンドルを握る必要のない自動運転機能がついている。車内は常に快適な温度と湿度が保たれ、シートの座り心地は最高な上にマッサージ機能付き。さらにテレビが付いていて、テレビ電話で遠くの人と話もできる。セールスマンはその車がいかに素晴らしいかをとくとくと語り、最後にこの車の最低速度は時速20キロだと言う(10キロか30キロだったかもしれないが、とにかく遅い)。

 すると金持ちの老人は不思議に思い、「どうして最高速度ではなく最低速度なんだ?」と聞く。するとセールスマンは、「皆さん、この車に乗るとあまりに快適で、ずっと乗っていたくなるので、目的地までできるだけゆっくり時間をかけて行きたくなるんです」と答える。実際にはもっとスマートかつ印象的に書かれていたはずだけど、これがオチだったと思う。

 今思うと、ここで語られている車の機能のほとんどはすでに実現しているか、もうすぐ実現できそうなことばかりで、1970年代にそれを予想していたことに驚く。

 ただ、最低速度が求められるということは今も聞かない。むしろ、空を飛ぶ車が作られていたり、リニア新幹線の計画が進んでいたりで、スピードはさらに上げていく方向に進んでいる。今だったら、自動運転の快適な車でハイスピードであっという間に移動しながら、車内でYouTubeのファスト映画を1.5倍速で見たり、SNSで大量の情報を閲覧したり、相場の動きを逃さず株の投資をしたり、それらを同時にできるタイパ抜群の車が、セールストークで語られるんだろうな。

 だいたい、このタイパという言葉は馴染めないし、好きになれない。そもそも本を読むなんていう行為は、タイパが悪い。だから、インターネットやYouTubeでは、文学作品の内容をかいつまんで説明してくれるコンテンツがたくさんある。そういえば、ゴールデンウィークに各駅停車と自転車で旅をしたけれど、これもかなりタイパの悪い旅の仕方だ。っていうか、そもそも旅をすること自体、タイパが悪い。

 テレビのニュースで語られていたけど、最近は、ネタバレがあっても内容をくまなく調べて、これだったら間違いないと確信してから映画を観る人が多いという。自分の貴重な2時間を捧げるに値するかどうかを判断した上で観たいそうだ。ドラマを観ながらYouTubeを観たり、2つのオンライン授業を同時に見ながら勉強をする強者までいるそうだ。

 昔は、洋画劇場などのテレビで放映する映画をただぼんやりと観ることが多かった。当然つまらない映画もたくさん観たし、でもその中でトラウマのように心に残っている映画もあるし、知らない映画にたくさん出会うことができた。そもそも本を読むようになったのは、無限のようにあったヒマをつぶすことが最初の動機だったような気がする。漫画もよく読んだけれど、漫画だとすぐ読み終わってしまうから、より時間をつぶせるように本を買って読むようになった。

 ただ物語の筋書きを知るという意味では、漫画はタイパが良くて、本はタイパが悪いということになる。でも逆の言い方をすれば、本は物語に没頭する時間をより長く楽しめる。旅もそうで、1日の中でどれだけたくさんのモノを見て、体験して、食べられるかを考える、まさにタイパ重視の旅もある。けれど、僕はそれよりも移動する時間も含めて、旅に没頭して旅そのものを楽しみたい。むしろ旅の間は、効率性とか効果とかは考えたくない。そもそも、そんな窮屈さから離れられることもまた旅の良さだと思う。

 言うまでもないけど、トラベラーズノートはその機能だけを考えれば、決してコスパが良いとは言えないし、当然、タイパを考えて使うようなモノではない。このノートに向かう時間は、旅と同じように効率とか効果みたいな考えから遠く離れて、時間を忘れて没頭するものであってほしい。夢中になって絵を描いたり、本を読んだり、恋人と話をしたりして、知らないうちに何時間も経ってしまって、それだけで1日が終わってしまったとしても、それはそれでステキな1日の過ごし方だと思う。