2024年5月20日

完全にノックアウト

 またやってしまった。それも今回はわかりやすく、けっこう派手にやってしまいました。と言っても仕事のミスではなく(これはこれでまあまああるけど、今回はその話ではありません)、自転車で転んだのです。

 1週間前の日曜日、夜のこと。自転車で下り坂を走っていると、暗くて道の段差に気づかずにガタンと乗り上げた。その衝撃で自転車はコントロールを失い、体ごと倒れ、顔を思いっきり地面に強打してしまいました。

 その瞬間、顔の左半分にバーンという激しい衝撃を受けた。倒れたまま動くこともできず、この前の試合の最後でスーパーバンタム級王者の井上尚弥が、挑戦者のルイス・ネリに放った右ストレートをくらったら、きっとこんな感じなのかと思った。不幸中の幸い、そこは車道ではなく自転車と歩行者しかいない道だったので、車の心配はない。僕は、テンカウントを過ぎても起き上がれないボクサーのように、道の真ん中に大の字で倒れていた。

 すると、通りがかりの男性が心配をして「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。「だ、大丈夫です…」となんとか振り絞って声を出し、這うように道の端まで行って休もうとした。でも、彼は「ここにいたら危ないですよ。とりあえず下まで降りてください」と言って、休ませてくれない。

「立てますか?」と彼は言いながら手を差し出してくれた。僕はなんとか自力で立ち上がり、「ありがとうございます」と言って、彼から離れるように自転車を押した。親切心で声をかけてくれたのに、そのときは、彼のことをまるで「立て! 立つんだ! ジョー」と叱咤する丹下段平のように感じてしまった。僕は厳しいなあと思いながら、必死になって自転車を押して坂道を下った。

 坂道を降りて、歩道沿いにある植え込みを見つけると、縁石の上にドタっと座り込み、しばらくジッと佇んだ。ふと手を見ると、べったりと血が付いていることに気づく。ポケットからハンカチを取り出して顔に当ててみると、赤いシミが付いた。けっこう血が出ているようだ。

 そこで、スマホのカメラを自撮り用に切り替えて顔を見てみると、まぶたが切れてそこから血が出ていた。さらの目の周りからほっぺたまで顔が青く腫れていて、まるで試合後のボクサーのようだった。ジンジンとした痛みとともに、その見た目にもショックを受けて、僕はホセ・メンドーサとの試合後の燃え尽きたジョーのように、しばらく縁石に座り続けた。

 30分ほど経ち、なんとか立ち上がって自転車に乗り、数キロほどの距離を走って我が家まで帰ったのだけど、あれは辛かった。自転車を漕ぎながら、ジョーと力石の最後の試合を思い出した。あの試合で、力石は死因になるほどのダウンをくらった後も、ワンチャンスにかけてノーガード戦法でリングに立ち続けた。最後に、力石は因縁のライバルのジョーに勝利するのだけど、引き換えに命を落としてしまう。家に着いたときには、力石の最後のセリフ「おわった、なにもかも…」と呟いてしまった。

 翌日の朝、病院に行き診てもらった結果、とりあえず大きな問題はなく、その翌日からは会社に行って仕事もしている。ただ、見た目がノックアウト負けしたボクサーのような顔なので、誰かに会うたびに「どうしたんですか?」と聞かれ、自転車で転んだいきさつを説明することになった。そして、もういい歳なんだから、気を付けるよう言われた。

 ちなみに病院では、顔の骨折がないかCT検査もしてもらった。結果、少し骨折しているようで、「2ミリほど顔がずれているけれど、まあ、そのままで大丈夫でしょう」と言われた。顔の骨折の治療は大変だから、と先生は説明していたけれど、もともと整っているわけでもないし、今更2ミリずれてもたいした問題はないでしょうと言われているような気がして、それはそれで納得した。

 病院で会計をして受け取った唯一の薬が、セコンドにいる丹下段平が試合中のジョーの傷口によく塗っていたワセリンだったのを見て、思わずニヤっとしてしまった。

 あれから、顔の腫れも日に日に薄くなり、井上尚弥の右ストレートをくらったくらいの腫れ(あくまでも想像だけど)だったのが、今ではジャイアンに殴られたのび太くらいまでには改善している。今週末には森道市場もあるし、その頃には腫れも引いているといいな。

 この前、「傷だって味だよ」なんて書いたけれど、トラベラーズノートも革が切れたり、穴があいてしまったら使いづらいし、傷もほどほどにしないとですね。それにもういい歳だから、体の回復力も落ちて、今までだったらなんとかなった怪我も致命的になりかねない。55歳になって、健康でいることは何より大事だと、ますます思うので、これからは気をつけます。

 トラベラーズバイクは、今回の転倒後も問題なく走り続けてくれている。6年経って、コラボロゴが刻印された真鍮製のヘッドバッヂはいい感じで黒ずんできて、フレームとハンドルに取り付けられたトラベラーズノートの革もかなり味が出ている。この6年、週に何日からの押上ー恵比寿間の通勤に、日本一周の旅まで活躍し、タイヤは何度も履き替えて、かなりの距離を走っている。トラベラーズノートとともに旅の相棒のような存在になってくれているので、こちらも大事にしないとですね。