2024年6月 3日

「森、道、市場」で会った近所の銭湯

 先日出展したイベント「森、道、市場」は、音楽フェスでもあるので、たくさんのアーティストがライブを行っていた。フェスのいいところは、CDを買ったり、単独ライブに足を運んだりするほどではないけれど、ちょっと気になるアーティストのライブを気軽に見ることができること。そんなアーティストのひとつに「片想い」というバンドがあった。

「片想い」のボーカル片岡氏は、銭湯の運営とミュージシャンというまったく異なる二足の草鞋を履いている。彼が運営する御谷湯は、うちの近所にあって僕もよく行くので、ずっと気になっていた。御谷湯は、10年ほど前にリニューアルした老舗の銭湯で、源泉掛け流しの温泉風呂に、洞窟のようなぬる湯やスカイツリーが見える半露天風呂もあって、地元で人気の銭湯になっている。銭湯にはバンドのCDやポスターなどは飾られていないし、ホームページにもバンドの情報はいっさいない。

 そんな「片想い」が「森、道、市場」に出演するのを知って、バンドの曲はちゃんと聴いたこともないのに(銭湯は何度も入ったことはあるけど)、せっかくの機会なのでライブを見ることにした。

 バンド構成は、ボーカルに加え、ギター、ベース、ドラムのみならずコーラスに管楽器のメンバーもいて、けっこうな大所帯だった。ファンキーで厚いサウンドは、砂浜に建てられた野外ステージにぴったり。はじめて聴く曲ばかりだけど、スティービー・ワンダーの名曲のカバーもあったりして、けっこう楽しめた。

 ボーカルの片岡氏は、番台で見かけたときの物静かな雰囲気とは打って変わって、ギターや三線を片手に軽快にステップを踏んで、声を張り上げて歌っている。どこかほのぼのしていながら、熱苦しいほどに熱のある彼の存在感が、ちょっと恥ずかしいバンド名を体現しているようで、会場はあたたかい雰囲気に包まれていた。

 ライブが終わり、スティービー・ワンダーのカバーを口ずさみながら、トラベラーズのブースに戻り、しばらくそこにいると「トラベラーズファクトリーステーションによく行くんですよ」と、お客さんが話しかけてきた。

「東京から来られたんですか」と聞くと、「そうなんです。実はわたしたちも出展していて、電気湯という銭湯なんです」と彼女は答える。電気湯もまたうちの近所にある銭湯のひとつで、「電気湯さん、よく行きますよ」と答えながら、偶然の出会いに思わずうれしくなった。

 その後、電気湯の店主も他のスタッフを連れてブースに来てくれた。さらにうれしいことに店主は、トラベラーズノートを使ってくれているとのこと。以前のブログにも書いたのだけど、電気湯は映画『パーフェクト・デイズ』に登場した銭湯で、そのときのエピソードも聞くことができた。

「映画では男湯と女湯が逆になっているじゃないですか。あれってやっぱり女湯の壁のペンキ絵を気に入ったからなんですか?」と僕が聞くと、「いや、そうじゃなくて、女湯の方が撮影した時間の窓からの光の入り方が良かったからなんです」と店主は教えてくれた。そんな映像の美しさにこだわるヴェンダース監督らしい理由が聞けたのもうれしかった。

 電気湯もまた、創業100年以上の老舗銭湯で、現在は4代目となる若き店主が引き継ぎ運営をしている。老舗銭湯らしく天井が高く、明るい時間は、高い窓から入る光が気持ちいい。ここのサウナに入って、広い脱衣所に置いてあるイスに座り、静かに本を読むのが、僕にとっての至福の時間だ。

 ここは、地元の人で賑わう古き良き銭湯といった佇まいが魅力であるのと同時に、待合室やお風呂場で写真展やイラスト展をやっていたり、番台には若いスタッフが多く、明るくフレンドリーな対応も気持ちいい。下町の情報発信や交流の場になろうとする気概に満ちている銭湯でもある。

 東京から離れた愛知県蒲郡のイベントで、地元の銭湯にまつわるライブを見たり、出会いがあったのは、うれしい収穫でもあった。

 僕が住む墨田区は、銭湯激戦区とも呼べるエリアで、すばらしい銭湯がいくつもある。御谷湯と電気湯はもちろん、温泉旅館のような露天風呂がある大黒湯、数年前にリニューアルして大人気の黄金湯、日替わりの薬湯が楽しい薬師湯、セルフロウリュのサウナが楽しめる寺島浴場、居心地がいいさくら湯。休みの日には、家の半径2、3キロ圏内にあるこれらの銭湯を、その日の気分や時間、混み具合でローテーションしながら通っている。それが自然と日々の疲れやストレスを癒し、日常を豊かにしてくれている。

 少し前までは、衰退していくものとして捉えられていた銭湯が、若い世代に引き継がれ、新しい銭湯のあり方を模索・提案しながらより魅力的になっている。銭湯は、世界に誇るべき日本独自の文化だと思うし、毎日の生活に、ささやかだけど、確かな幸せを与えてくれる場所でもある。これからもずっと残ってほしいだけでなく、これからの進化が楽しみ。応援しています。