2024年8月 5日

工場巡り

 先週のこと。最近、あたらしいスタッフが加わったこともあって、久しぶりにいくつかの工場を巡り案内してもらった。東京から40分ほど車を走らせて、まず最初に訪問したのは、縫製工場。ここでは、もともとB-Sides & Raritiesとして発売し、現在はトラベラーズファクトリーで販売しているコットンジッパーケースを作っている。

 シンプルなこのジッパケースも、数多くの細かい工程を経て作られる。まずはパラフィン加工をしたコットン生地を断裁。そのパーツのへりの部分に糊付けをして折り返し、さらにそこをミシンで縫って、組み立て前のパーツができあがる。ここまでの作業が大変。一見すると単純な作業ながら、はみ出すことなくノリを塗布し、さらにまっすぐ一定の幅で折り返すのはやってみると意外と難しい。数もたくさんあるから当然スピードも求められる。最終的にはこれらのパーツを縫いあわせることで完成するのだけど、そこに至るまでにも膨大な作業が必要になる。

 バッグやポーチなどの縫製品は、人の手による地道な作業の繰り返しで作られるものが多く、20年くらい前からコストの問題で中国やベトナムなどに生産拠点が移ってしまっている。もともと日本では、縫製加工の多くは小規模の工場や内職で成り立っていたこともあって、海外で生産現場が増えるのに伴い、日本の縫製工場はどんどん少なくなった。

 そんな状況中でも、ここは技術を次の世代に継承すべく頑なに日本で作ることにこだわる工場だ。大量生産には向かないけれど、イメージを形にする技術力と、丁寧な仕事が魅力。現在、新しいプロダクトの試作を依頼しているのだけど、いつかみなさんに紹介できるといいな。

 続いて向かったのは、ブラスクリップやブラスチャームなどを作るプレス工場。こちらは、70歳を過ぎる社長とその息子さんの二人で営む小さな工場。アルミサッシの引き戸を開けると、オイルの匂いがする狭い工場の中に、巨大なプレス機が所狭しと並んでいる。

 ちょうど、チャームの生産をはじめたタイミングで、その製作過程を見せてもらった。まずは真鍮の板を仕上がりサイズにあわせて、2〜3センチ四方にカットする。次に、カットされた真鍮を上下に取り付けられた型で挟むようにプレスし、デザインを刻印する。

 このとき、上下の型の取り付け位置が合っていないと、裏と表の刻印がずれてしまう。コンマ単位でぴったり合わせるために、職人は、何度も試し打ちをして微妙に調整する。横で見ていて「ああぴったりになったな」と僕が思っていても、職人は首を傾げて、また調整する。その違いは、僕らが見てもわからないのだけど、彼には素人には見えないものが見えるのだ。

 そうやってプレスしたチャームには、まだ周りにバリと呼ばれるはみ出した部分が残っている。これをさらにプレス機で縁取りするようにカットして、チャームの形になる。ちょうど、工場内にTOKYO EDITIONのたい焼きチャームのカット前のものがあった。大きくはみ出たバリが、なんだかカリカリとしておいしい羽根のたっぷり付いたたい焼きみたいだった。ちなみに、たい焼きのチャームは、たい焼きっぽさを出すために、周りのバリを少しだけ残して仕上げている。これも職人のアイデアや技によって実現した。

 チャームはこれで完成ではなく、仕上げにバレル加工を行う。ということで、最後に下町にあるメッキ工場に向かった。バレル加工とは、研磨用の石がたくさん入ったタンクのような筒状の機械を長時間回転させることで、金属パーツを磨き上げる加工のこご。バレル加工をすることで、チャームの角の鋭角をなめらかにし、真鍮の表面に風合いを出す。ブラスチャームなどは、メッキ加工はしていないのだけど、メッキをする工程でもこのバレル加工をよく行うため、メッキ工場で行うことが多い。

 このメッキ工場は、東京の下町で戦前から営業している。周囲には同業の工場もたくさんあったけれど、最近では数社しかないそうだ。メッキ工場というと僕は、つげ義春の漫画『大場電気鍍金工業所』を思い出す。

 ちなみに『大場電気鍍金工業所』は、1950年前後に下町の零細メッキ工場で少年工員として働いていた作者の自伝的なストーリーの漫画。社長も工場長も仕事で体を壊し、ぼろぼろになって死んでしまう。おかみさんが経営者を務め、なんとか工場を建て直そうとしている中で、主人公はメッキで使う硫酸を足に浴びて火傷をしてしまう。しばらく休んだのちに工場に戻ると、経営が立ち行かなくなり、おかみさんは職人と駆け落ちをしていたという、なかなか切ない漫画だ。

 もちろん、今では安全性もきちんと管理され、あの漫画にあったような病気や事故もない。このメッキ工場のおかみさんは、とてもきさくな方で、暑い中工場を巡っている僕らに冷たいお茶を振る舞ってくれた。そして、皇室の装飾品のメッキ加工を請け負ったことなど、先代から続く工場のエピソードをいくつか語ってくれた。

 トラベラーズファクトリーで販売する商品たちは、職人たちの日々の仕事によって支えられている。その多くは、機械のスイッチを押すだけではなく、長年の経験による技術や知恵で裏付けされた、職人の手による地道な作業の繰り返しで作られている。しかも、そんな工場は年々少なくなり、今では貴重な存在でもある。あらためて職人たちに感謝しつつ、使ってくれている方にもそのことを伝えていかなければとも思った。