2024年9月 2日

When I'm Sixty-Four

 トラベラーズファクトリー中目黒のイベントで並べる本たちをお預かりするために、weekend booksへ行ってきた。この日は台風が九州に上陸し、関東でも各地で大雨が続いていた。その影響で首都高速は大渋滞。その後も強い雨が降る中で車を走らせ、予定時間よりかなり遅れてweekend booksに到着した。

 中に入ると僕は、挨拶もそこそこに本棚に並ぶ本たちを見入ってしまう。その横ではトラベラーズノートが心地よさげに並んでいる。ここに来るまでのバタバタした気持ちも忘れて、一気に心が穏やかになった。コーヒーとお菓子をご馳走になりながら、高松さんご夫妻としばらくお話をして過ごした。

 この空間に流れる穏やかで優しい空気が僕は好きで、いつもつい長居をしてしまう。店主が思い入れたっぷりに選んだ壁一面に並ぶ本や雑貨、調度品など高松さんの「好き」が詰まっている。ここにいると、自然と平和で心地よい気分になれる。

 以前、僕はこの場所の雰囲気と高松さんのお人柄から「のんびりと落ち着いた中で仕事ができるのがいいですよね」と言ってしまったことがあった。すると高松さんは「もう毎日バタバタで大変なんですよ」と即答。品揃えに手間がかかる古書を扱いながら、毎月開催しているイベントの企画や準備、イベントの日は行列ができるほどたくさんのお客さんが訪れることもある。ご夫妻の多大なる手間と労力によって、この穏やかでのんびりした雰囲気が作られている。それでも本が好きな僕にとって、憧れの仕事でもある。

 好きなものを扱っている分、妥協もできないだろうし、そんな中でトラベラーズファクトリーのイベント用の本を選んで用意してくれている。僕はあらためて感謝の気持ちが湧き上がった。

 本当はもっと長居をしたかったのだけど、台風の心配もあったので1時間ちょっと滞在して、いつもより早めに東京に向かった。ここで預かった本を中目黒に無事届けるという使命がある。

 憧れの存在といえば、夏休みに金沢で訪れたBenlly’s&Jobもそんな場所のひとつだ。店内に並ぶ素敵なプロダクトに加え、工房が併設されたあの空間に入るといつもワクワクする。店主の田中さんが、自らデザインしてミシンをたたいて作ったモノと道具が並ぶあの空間は、13年前トラベラーズファクトリーを作るときに大いに参考にさせてもらった。田中さんは、僕らにとって店づくりの師匠のような存在だ。

 Benlly’s&Jobは、今年30周年を迎えている。田中さんと話すと、60歳を過ぎて、仕事のペースを少しずつ変えていると教えてくれた。これまでは雑貨店として展開していた仕入れ商品を大幅に縮小し、オリジナル商品中心の品揃えに変更。マニアックかもしれないけど、本当に自分が今使いたいモノを少しずつ増やしていきたいと言った。

「だけど、一方で定番商品の注文が多くて、その時間がなかなか作れないんだよね」と田中さん。トラベラーズファクトリーで扱わせてもらっていることもその要因のひとつであることに恐縮しつつ、でも年齢を重ね、仕事をこれまで以上に好きなことにシフトしていこうとする姿に共感した。

 さらに話題は、共通の知り合いでもある羽賀さんの話になった。羽賀さんは、京都の雑貨店アンジェを立ち上げた方で、田中さんと同じく僕らの師匠の一人だ。羽賀さんは、一昨年前にアンジェを定年退職した後に、昨年京都の北山にシックスティーズという雑貨店をオープン。その店名は、60年代生まれの店主が60代になって作ったお店であることを由来としている。

 数ヶ月前、京都に行った際にシックスティーズを訪れた。ステーショナリーにコーヒー道具、雑貨、本などが並ぶ、ここもまた店主羽賀さんの好きなものが詰まった空間だった。全国にも知られ、関西と東京に10店舗以上ある雑貨店の仕事を30年以上しながら、定年後に自らオーナーとなって雑貨店を始める。

「まあ、相談した人、みんなに反対されたんだけどね」と笑顔で羽賀さんは言ったけれど、60代を好きなことを仕事にしながら過ごしたいということなのかもしれないと、僕は思った。その仕事は大きく言えばそれまでと同じなんだけど、小規模でもより本当に好きなことにシフトしたいという気持ちは田中さんと同じなのかもしれない。

 夏休みに福井で会った名入れ職人の栗山さんは、70歳を過ぎたのを機に拠点を東京から地元の福井に移している。その際に名入れの仕事も、トラベラーズの他1、2社程度に縮小している。地元で会った栗山さんはとても元気そうで、「ここでの生活は快適ですよ。自然は豊かで食べ物はおいしいし、毎日温泉に入っているんですよ」と語ってくれた。

 そういえば、先日還暦を過ぎた石井さんも、週3日から4日ほどトラベラーズの仕事をしながら、その合間に畑仕事をしたり、コーヒーを焙煎したり、古いミシンを手に入れてものづくりの勉強をしたりしている。

 僕もまたぎりぎり60年代生まれで今年55歳。これから先の仕事の仕方、というか生き方を真剣に考えていかないといけないときかもしれないな。